6選の五本目は漫画の『ギヴン』。言えない気持ちが音になる。返事の遅さにまで意味がある作品です。第1巻の紹介文にある導入より先には触れません。
働き始めてからの一冊
出会ったのは、働き始めてからです。夜中の対応を終えた日に読んだ。そのときの話は長くなるので、別の記事に書きました。ここでは、なぜこの作品が六本のうちの一本なのか、その理由だけを話します。喜好
映画の公式サイトによると、原作はキヅナツキさんの漫画で、2013年に新書館の「シェリプラス」で連載が始まりました。2019年に放送されたテレビアニメは、フジテレビの「ノイタミナ」にとって、BLコミックをアニメ化した初めての作品です。事實[2]
新書館の書籍ページでは、第1巻はディアプラス・コミックスから2014年11月29日に発売されています。事實[1]
好きな理由1:言葉の前に音がある
第1巻の紹介文では、上ノ山にとって、ギターは好きだったはず、バスケはおもしろかったはずのものなのに、どちらもくすんで見え始めている。そこへ、壊れたギターを持つ真冬が現れます。ギターを直してやると、真冬はすぐに懐く。たまたま耳にした真冬の歌は、上ノ山に刺さる。紹介文はこの作品を「裸のオルタナティヴ・ラブ」と呼んでいます。事實[1]
最初の関係が、言葉ではなく「修理」と「歌」で始まる。私はそこでもう好きになりました。話しかけるより先に、壊れたものを直す。説明するより先に、歌が届いてしまう。気持ちが言葉の形になる前に、別の経路で相手に届いてしまう話です。ネットワークの仕事をしていると、想定していない経路で信号が届いてしまうことがあります。普通は障害です。でもこの作品では、それが始まりになる。解讀
私が衣装を作るのも、少し似ているかもしれません。好きだと口で言うのは苦手でも、一着を仕上げることはできる。縫い目や色の選び方に、言葉にしなかった気持ちが出る。だから、言葉より先に別のものが届いてしまう話に、私は弱いんだと思います。喜好
好きな理由2:返事が遅い
この作品の会話は、すぐに返事が来ないことが多い。問いかけのあと、コマが一つ、ときには二つ、何も言わない顔で埋まる。返事が来ても、問いに正面から答えていないこともある。その間を飛ばして読むと、話がかみ合っていないように見える。止まって読むと、言えないことがあるから遅いのだと分かる。作品中的觀察
ここから私の解釈。返事の遅さは、相手との距離を測っている時間だと思っています。近づきすぎて傷つけたくない。でも離れたくもない。だから、言葉を出すまでに時間がかかる。現実の会話なら、私は待てずに「で、どっち?」と聞いてしまう側です。作品の中でだけは、待てる。待つと、空白のコマが一番うるさい。解讀
好きな理由3:公式が恋愛と言っている
私はいつも、公式の関係と、自分の解釈と、想像を分けて話します。たいていの作品では、二人の関係に名前がついていない。そこに名前をつけたくなるのが私の悪いくせで、だからこそ境目を意識しています。喜好
この作品は、紹介文の段階で恋愛の物語だとはっきり言っています。だから私は、ここでは名前をつける作業をしなくていい。その分、ほかのところを見られる。誰が先に気づくのか。気づいたあと、どれだけ黙っているのか。言葉にしたら何が変わってしまうのか。恋愛だと分かっていても、関係の読みどころはまったく減らない。むしろ、名前がついているからこそ、名前のつかない細部が際立つ。それを教えてくれた作品です。解讀
バンドという関係
もう一つ好きなのは、二人だけの話にとどまらないところ。音を合わせる人たちがいて、それぞれの距離がある。誰かが走りすぎると、誰かが合わせにいく。音の重なり方が、そのまま関係の重なり方に見える。『美少女戦士セーラームーン』で大勢の並び方を見てきた私には、バンドの立ち位置も同じように読めてしまいます。解讀
はじめての人への入口
恋愛ものに慣れていない人も、まずは音楽の話として第1巻を開いてみてください。壊れたギターを直す場面と、歌を聴く場面。その二つだけでも、この作品の温度は伝わると思います。読むときは、セリフのないコマで一回止まる。それだけで読み味が変わります。喜好
スタジオ雲雀の発表によると、テレビアニメのアニメーション制作はLerche、監督は山口ひかるさんです。事實[3]
漫画では空白だったコマに、アニメでは音が鳴る。どちらから入っても、相手の間を待つ物語だということは変わりません。喜好
ほかの5本へ
『ふたりはプリキュア』で見た「手をつなぐまでの距離」は、この作品では「返事が来るまでの時間」になりました。『ハイキュー!!』の、言葉より先に動く体。この作品の、言葉より先に届く音。どちらも、気持ちが言葉以外の経路で相手に届く話です。私が好きなのは、たぶんずっとそういう話です。喜好
返事が遅いのは、相手との距離を測っているから。空白のコマで一回止まると、いちばん大きな音が聞こえる。
