カノンの衣装の仮縫いが終わった午後、作業台を片付けながらレイが言った。「高学年の女の子に一作だけ薦めるなら、何にする?」。その場にいたスイとカノンは、ほぼ初対面だ。けれど三人とも、10歳前後に何度も見返した作品を持っていた。
レイは迷わず魔法のカード
『カードキャプターさくら』。小学校の低学年に再放送で出会って、衣装を作る人がいることに憧れた。端切れで人形の服を縫ったのが、針を持った最初。喜好
CLAMPの漫画『カードキャプターさくら』は、講談社の『なかよし』に1996年から2000年まで連載された。主人公の木之本桜は小学4年生で、通っているのは友枝小学校。父の書庫で不思議な本を見つけたことから、町に散らばった魔法のカード「クロウカード」を集める「カードキャプター」になる。テレビアニメはマッドハウスの制作で、1998年4月にNHK BS2で始まった。事實[1]
でも、1998年って……いまの5年生のお母さんが子どものころでは? ちょっと古くないですか。
それは違う。続きの「クリアカード編」が2016年から2024年まで連載されてた。中学生になったさくらの話。親子で両方読める作品って、そんなに多くない。事實[1]
高学年に薦めたいのは、さくらの隣に誰が立っているかを見てほしいから。主人公が一人で強くなる話じゃなくて、横にいる人たちとの距離が、少しずつ変わっていく話。……今の、長かった?解讀
長くないです。私も、誰が隣にいるかで同じ場面の見え方が変わる作品が好きです。
カノンはステージから譲らない
では、私の番ですね! よかろう、苦しゅうない……じゃなくて、『アイカツ!』です! 何度目かのオーディションに落ちた夜、これを観てもう一回受けるって決めました。喜好
2012年10月から2016年3月まで、テレビ東京系列で放送されたアニメ『アイカツ!』。原作・原案はバンダイのデータカードダス『アイカツ!』だ。第1部で主人公をつとめるのは星宮いちごで、中学1年生。家は弁当屋だ。事實[2]
高学年の女の子って、自分がかわいいかどうか、急に気にしはじめるじゃないですか。私もそうでした。アイカツ!は、かわいくなる話っていうより、毎日練習して舞台に立つ話なんです。転んだ日も、ちゃんと練習の続きとして描かれる。解讀
待って、そこ大事。高学年って、ちょうど「見られる側」になる年。私も子どものころから撮られる仕事をしてて、撮られる顔とふだんの顔が分かれていった。だから「見られるために頑張る」じゃなくて「好きだから練習する」で描いてくれる作品は、薦めたい。解讀
私は少し心配もあります。オーディションや順位が出てくると、比べることに疲れてしまう子もいると思うので。
……それは、分かります。私も比べて落ち込んだこと、何回もあるので。でも、比べて落ち込んだ次の日に、また練習に行く子が描かれている。私はそこに何度も助けられました。喜好
スイは言えない気持ちを推す
私は『フルーツバスケット』です。小学校の高学年のころ、好きな場面を書き写して、誰が話したかより、誰が黙っていたかに印をつけていました。喜好
高屋奈月の漫画『フルーツバスケット』は、1998年から2006年まで白泉社の『花とゆめ』に連載された。主人公の本田透は高校生。家族はもういなくて、住まいは一人きりのテントだった。その透が居候することになるのが、同級生・草摩由希の一族の家。草摩家の人は、抱きつかれる相手が異性だと十二支の動物に変身してしまう。透はその秘密を知る。事實[3]
好き。……でも、高学年には重い話もあると思う。主人公は高校生だし、家族のつらい事情が深いところまで描かれる。有依據的推測
はい。だから一人で渡すより、大人が先に読んでおいて、一緒に読む前提で薦めたいです。高学年になると、家の中のことを人に言いにくくなる子もいる、と私は受け取っています。言えない気持ちを持ったまま読める本が、そばに大人がいる形で一冊あってほしいです。解讀
変身する動物が十二支なの、かわいいですね……! 私なら何年生まれの人のところから読もうかな。
もう二作を足すなら
『美少女戦士セーラームーン』も入れたい。中学で新しいアニメ化があって見直して、仲間の並び方だけで何時間も話せた。喜好
武内直子の漫画『美少女戦士セーラームーン』は、『なかよし』1992年2月号で連載がスタートし、同じ年の3月にはテレビアニメの放送も始まった。講談社漫画賞では、1993年度の第17回で少女部門を受賞している。事實[4]
私はもう一つ、『ちはやふる』を。言葉の札を取り合う競技の話なので、言葉を丁寧に選ぶ楽しさにも出会えると思います。喜好
末次由紀の漫画『ちはやふる』は、2008年から2022年まで講談社の『BE・LOVE』で連載された。題材は競技かるた。物語は、小学6年生の綾瀬千早を描く小学校編から始まる。事實[5]
主人公が6年生から始まるなら、高学年の子は「自分と同じ年」から読めますね。有依據的推測
友だちと語るために
高学年って、友だちと同じ作品の話ができるかどうかが、すごく大事じゃないですか。私は子どものころ、そういう話ができる相手がいなくて。喜好
そこ。高学年に薦めるなら、二人以上で語れる作品がいい。推しの組み合わせとか、どっちのチームが好きかとか。話の入口が多い作品。解讀
ただ、感想が違ったときに、相手を否定しないでいられるかどうかも、あの年ごろは難しいと私は受け取っています。好きな場面が違っても、どちらも正解だと言ってくれる大人が一人いると、少し楽になる気がします。解讀
私、それを大人になってから、ダンス教室で言ってもらいました。低い声が嫌いだったのに、「深い青の色がする」って。……違う見方をもらうのって、うれしいんですね。喜好
……それ、作品の感想にも同じことが言える。「そこを見てたんだ」って言われると、もう一回観たくなる。解讀
はい。だから一作を薦めるときは、その子が何を見ていたかを、あとで聞いてあげてほしいです。喜好
最後に一個だけ。大人が「それはもう卒業でしょ」って言うのは、なしにしてほしい。私はプリキュアもさくらも、いまでも全部好き。喜好
私もです! 小さいころ好きだったものを笑われないって分かってると、新しいものにも手を伸ばせるんですよね。解讀
前の好きを手放さないまま、次の好きに進める。高学年は、その練習の年なのかもしれません。解讀
最後に一人一作
私は『カードキャプターさくら』。隣に立つ人との距離の話として。親子で、古い編と新しい編を分けて読んでもいい。喜好
私は『アイカツ!』です! 比べて落ち込んだ次の日に、また練習に行ける子になってほしいので。喜好
私は『フルーツバスケット』です。言えない気持ちを、言えないまま持っていてもいい。そう受け取れる一冊として。喜好
三人の推しは、最後まで一つにはまとまらなかった。レイは「横に誰がいるか」、カノンは「次の日にどうするか」、スイは「何を黙っているか」。高学年の女の子に必要なのがそのどれなのかは、その子が決めればいい。解讀
高学年の女の子への一作は「誰が隣にいるか」「次の日にどうするか」「何を黙っているか」のどれかで選ぶと、その子に届きやすい。