土曜の午後の喫茶店。窓ぎわのいつもの席で同じ文庫本を開いていたノアのところへ、少し遅れてきたスイが、借りてきた本を一冊抱えて座りました。お店の人は何も言わずに、お水を二つ置いていきます。
借りた本に同じ名前
ノア。本の後ろの貸出の記録、見るほう?
見る見る。旅先の図書館で、知らない町の人の名前が並んでると、ちょっとうれしい。喜好
それで始まる映画を、また観たの。私は、何度観ても最初で手が止まる。喜好
『耳をすませば』は、スタジオジブリが作ったアニメーション映画で、公開日は1995年7月15日です。原作は柊あおいさんの同名の漫画で、1989年に『りぼん』で連載されています。事實[1]
主人公の月島雫は中学3年生で、本好きの女の子です。お父さんの職場の図書館で本を借りると、カードには、いつも「天沢聖司」の名前がある。どんな人なのか、雫は気になりはじめます。事實[1]
言葉を一つも交わしていないのに、いつも先にそこにいた人。私は、その名前を、黙っている人の気配として受け取った。解讀
顔も声も知らないのに、選ぶ本だけは知ってる。……それ、手紙より近いかもね。解讀
原作は中学1年生
原作の漫画が『りぼん』に載ったのは、1989年の8月号から11月号。1990年に単行本になりました。こちらの雫は中学1年生です。図書の貸し出しカードで同じ名前を何度も目にして、その人のことが気になりはじめます。電車で見かけた猫について行くと、「地球屋」という店にたどり着きます。設定も展開も、映画とは違います。事實[1]
中学1年と中学3年。同じ出会い方でも、二年ちがうと、持ってる荷物がちがうよね。解讀
私、こういうとき、手帳の端に「ちがうところ」を先に書くことにしてる。同じだね、って言いたくなる前に。喜好
うん。ノアのその癖、私は好き。
連載の2回目から
映画の始まりは、原作の連載2回目でした。1989年の夏、宮崎駿さんは、置いてあった少女漫画雑誌がボロボロになったので、農協のスーパーで新しい『りぼん』を買います。その号に載っていたのが、原作の2回目です。雑誌を置いていたのは、義父が建てた山小屋。宮崎さんは毎年の夏をそこで過ごし、姪たちが残した雑誌を1984年から読んでいました。手もとにあるのは作品の一部。そこから、一緒に夏を過ごしていた鈴木敏夫さんと、話の全体を想像していったといいます。事實[1]
途中の回から読んで、前後を想像でふくらませた。……それ、旅先で知らない言葉の本を買ったときの私とおなじ。喜好
私は、少し耳が痛い。人の気持ちの、見えていないところを補いすぎる癖があるから。でも、補った先に一本の映画があったなら、それも一つの読み方なんだと思う。解讀
近藤喜文さんの一本
脚本と絵コンテを書いたのは宮崎さんですが、立場は製作プロデューサーで、監督には近藤喜文さんを推しました。宮崎さんは、近藤さんが以前から望んでいたものを知っていました。少年と少女が出会う、さわやかな話です。近藤さん自身は、大人びた思春期の子どもたちが背負っているものを少しでも軽くしてやりたい、という気持ちをこの作品に重ねていたと話しています。事實[1]
近藤さんは1950年に新潟県五泉市で生まれました。1970年代から、アニメーターとして高畑勲さんや宮崎さんの作品を支えてきた人です。劇場用の長編アニメーションで初めて監督を務めたのが『耳をすませば』で、結果として、これが生涯ただ一つの監督作になりました。「こんな絵を描けたら」と挙げていた画家は、鏑木清方、林明子、ノーマン・ロックウェルの3人。どの人も、町の人々の暮らしを声高にせず描いた画家です。事實[2]
町の人の、ふつうの毎日を描いた人たち。私は、この並びを読んだとき、図書カードの名前の並びを思い出した。誰かの毎日が、静かに積み重なっている感じ。解讀
知ってる画家の名前が一つでも並んでると、会ったことのない人が急に近くなるね。喜好
映画の背景美術には、武蔵野市や小金井市、日野市、多摩市といった東京都内の街を描いた絵が多く見られます。事實[1]
肩の荷をおろさせてやりたい、っていう話と、ふつうの町並み。……観る側の荷も、少し軽くなりそう。解讀
私も、そう受け取った。見なれた町の景色って、それだけで少し息がしやすくなるから。解讀
初めて観る人への入口
入口は、最初の図書館の場面で、雫が何を言わずにいるかを見ること。私は、そこから入った。喜好
私は、原作の漫画を先に読んでから観てみる。中学1年の雫と、中学3年の雫。ちがうところを、手帳に一行ずつ。喜好
観終わったら、その一行、聞かせて。……返事は急がなくていいから。
うん。じゃあ来週、この席で。
『耳をすませば』の原作漫画では雫は中学1年生、映画では中学3年生。宮崎駿さんが原作に出会ったのは、手もとの雑誌がボロボロになって買い直した『りぼん』に載っていた、連載の2回目だった。