夜中の二時すぎ。ミコとクロは、いつものように同じゲームをほとんど無言で遊んでいました。一区切りついたところで、それまで「ん」と「了解」しか打たなかったクロのチャットが、急に長くなります。二人は一度も会ったことがありません。話は、三十年ほど前のアニメ映画のことでした。
電脳でネットにつながる街
乙。……ミコ、ちょっと長文いい? 攻殻の映画の話。
いいよ。どうせ寝ない。
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、押井守さんが監督した劇場用アニメ映画で、公開日は1995年11月18日です。制作はProduction I.G。原作は士郎正宗さんの漫画『攻殻機動隊』の第1巻で、これをもとにしています。世界観は、当時の香港を参考にしています。事實[1]
原作の漫画は、1989年に連載が始まり、1990年まで続きました。描かれるのは、科学技術がとてつもなく進んだ日本です。脳をネットにじかにつなぐ「電脳化」と、体を機械に置き換える「義体化」が広まり、大勢の人が頭ひとつでインターネットに入れるようになっています。事實[2]
映画の中心は、内務省直属の組織「公安9課」。テロのような犯罪を、起きる前に食い止めるのが仕事で、草薙素子(通称「少佐」)たちが所属しています。発端は、外務大臣の通訳の電脳が乗っ取られた事件です。浮かんできたのは、他人の電脳を乗っ取るハッカー「人形使い」の名前でした。国際手配されている人物です。事實[1]
頭が直接ネットにつながってたら、私は一日で燃える。通知だけで。喜好
それな。俺は、つながってる場所があるなら、そこを守る人がいるってところから観た。ここからは俺の読み。解讀
現場で流行った格闘ゲーム
で、本題。この映画の現場、ゲーセン通いが流行ってた。
は? kwsk
光学迷彩をまとった人物の動きには、お手本がありました。格闘ゲームの連続技です。押井監督は、絵コンテの動きの指定に「『バーチャファイター』の連続技みたいな感じで」と書いています。そのころ現場では『バーチャファイター』がはやっていて、スタッフは仕事の合間にゲームセンター通いをしていたそうです。事實[1]
相手は押井監督。賭けたのは、現場に戻るかどうかでした。作業に疲れてゲームセンターへ逃げ出した作画監督の黄瀬和哉さんは、「バーチャファイター」で監督と勝負したそうです。事實[1]
草。賭けるのそこなんだ。
連続技って、入力の順番と間合いの指定なんだよ。止め絵じゃなくて、順番で動きを渡してる。絵コンテにゲームの言葉で書けば、同じゲームを遊んでる人には一発で伝わる。チームの共通語として、すごく正しい。解讀
いや、それは分かる。説明より「あれみたいに」のほうが早い相手っている。解讀
台詞を全部抜き出して組み直す
この映画の脚本は、書くというより「編集」や「コラージュ」に近い作り方でした。原作から使える台詞を一つ残らず拾い出し、組み直していくのです。下準備として、原作は20〜30回読み返されました。事實[1]
全部抜き出してから組み直す。コードでいうと、まず既存の関数を全部並べて、使えるものだけで新しく組む感じ。書き足すより、選ぶほうがずっと難しい。俺はそこに一番しびれた。解讀
原作の題名にも、ちょっとした経緯があります。当時の担当編集者によると、士郎さんから最初に出てきたのは『THE GHOST IN THE SHELL』という題でした。もう少し派手なものを、と頼むと『攻殻機動隊』と付けてくれたものの、士郎さんは英語の題にこだわり、小さくても載せてほしいと言ったそうです。最初のアニメ映画版では、この英文の題名が使われています。事實[2]
小さくても載せて、っていうの好き。名前って、どっちか一個だけが本物じゃないし。喜好
(猫のスタンプ)
看板の専門係がいた街
街の看板は、それを専門に受け持つレイアウトの担当者がいたほどです。選ばれたのは看板にくわしいアニメーターでした。舞台の街は「香港しかない」と決まり、押井監督は『ブレードランナー』との違いを出すため、看板を英語・ハングル・中国語の三種類にする案などを出しています。事實[1]
看板専門の係。その人の席、絶対に楽しい。三つの言語の看板を出す、っていう発想は、ネットの掲示板に近い気がする。読める文字と読めない文字が、同じ画面に混ざる場所。解讀
日本語の「そいつ」を、英語でどう言えばいいのか。英語の吹き替えでは、そこで悩んだといいます。「彼女」にするか「彼」にするか、それとも「it」か。ぴったり当てはまる言葉が英語にはないからです。翻訳は、押井監督と女性の翻訳者の二人で、スタジオの会議室に3日ほどこもって進めました。事實[1]
呼び方ひとつで、相手との距離が全部決まる。ネットの言葉でも同じ。解讀
海の向こうの作り手たち
『マトリックス』と見比べると、似たところがあります。黒い画面に緑の文字が流れていくオープニングや、後頭部にプラグを挿す場面です。ウォシャウスキー姉妹が実写にしたがっていたのは、この作品でした。『マトリックス』を撮る前、製作のジョエル・シルバーさんにそう話していたそうです。事實[1]
前に『マトリックス』の話をしたよね。共通点の並びを読んで、俺は一回手が止まった。どっちがどう、は俺には決められない。並べて観比べるのは、自分でやる。喜好
どっちが先でも、私は回し蹴りで元取るけど。喜好
入口は一つだけ。街の看板を見て。どの言語の文字が見つかるか、数えながら観てみて。続きは観てから。喜好
了解。……で、もう一戦やる?
ん。
制作中、現場で「バーチャファイター」がはやり、押井監督は絵コンテに「連続技みたいな感じで」と動きの指定を書いた。