目錄
五本目は『映像研には手を出すな!』。三人の高校生がアニメを作る話です。この作品が僕にくれたのは、「作っている途中」こそいちばんおもしろい、という確信でした。展開には触れずに、三人の机の上の話をさせてください。
開店したばかりの店で
独立して、原宿に小さな店を開いたころです。店の表には完成した服を並べ、奥の作業場は、お客さんからは見えないようにカーテンで仕切っていました。散らかった型紙や、失敗した仮縫いは、見せるものじゃないと思っていたから。喜好
閉店後、作業場でミシンをかけながら、このアニメを流していました。三人が机に向かって、紙を散らかし、言い合い、描き直している。その散らかった机が、たまらなく魅力的に見えた。翌週、僕は作業場のカーテンを外しました。喜好
作品のこと
小学館の作品ページでは、アニメ制作をやりたいのに一人では一歩が踏み出せない浅草みどりが、アニメーター志望の水崎ツバメ、お金儲けが大好きな旧友の金森さやかと出会うところから紹介されています。事實[1]
大童澄瞳さんのデビュー作に「手を出した」のは、湯浅政明監督とスタジオのサイエンスSARU。テレビアニメの公式サイトは、そんな言い方で紹介しています。キャラクターデザインを手がけるのは浅野直之さん、音楽はオオルタイチさんです。事實[2]
好きな理由その一 設定を描きまくる子
浅草は、物語より先に世界の仕組みを描く人です。建物の積み重なり方、乗り物の動き方。スケッチブックが細かな書きこみで埋まっていく。服を作る人間にとって、これはデザイン画より前の「調べもの」の段階にあたります。誰が着るのか、どこで着るのか、何年着るのか。そこを決めないと、一本の線も引けない。解讀
浅草の空想が始まると、現実の背景がほどけて、線画のような絵の世界に変わっていくところも好きです。完成した絵ではなく、描いている途中の絵が動き出す。作る過程そのものを物語にしてしまう、この作品の心臓みたいな演出です。作品中的觀察
好きな理由その二 動きにこだわる子
僕のいちばん好きなキャラクターは水崎ツバメです。人の動きがどこから始まるのかを、驚くほど細かく見ている。こだわりすぎて、周りが困るくらいに。作品中的觀察
服も同じなんです。止まっているときにきれいな服より、動いたときにきれいな服を作りたい。腕を上げたら肩がどれだけ引っぱられるか、歩いたら裾がどう揺れるか。モデルをしていたころ、歩くたびに肩がつっぱる服を着せられて、いやというほど思い知りました。水崎の観察を見るたびに、僕は自分の作業場の姿見の前に立ちたくなる。喜好
店長、あのころ閉店後にずっとこれ流してましたよね。ミシンの音と台詞が混ざってた。
覚えてた? 君が型紙の角を二ミリ直してるあいだ、画面では水崎が動きを描き直してた。同じことをしてるなと思って見てたんだ。
私は金森派です。締め切りと予算を見てる人がいないと、店は回らない。喜好
好きな理由その三 お金を回す子
レイの言うとおりで、金森がいるからこの三人は前に進める。夢を語る人と、夢を形にする人のほかに、夢を現実の段取りにつなげる人がいる。店を始めてから、僕はこの子のありがたさが骨身にしみました。生地の仕入れ、家賃、締め切り。美しいものを作り続けるには、美しくない計算も要る。金森の場面で笑いながら、ちょっと胸が痛くなるのは、たぶん僕だけじゃないはずです。解讀
僕の見方 工房を開けてから
カーテンを外した作業場には、思いがけないことが起きました。お客さんが、縫いかけの服の前で足を止めて、質問をしてくれるようになったんです。この縫い目はなぜこうなっているのか、この布はどこから来たのか。完成品を並べていたころには聞かれなかったことばかり。喜好
作る過程を見せると、服が少しだけ身近になる。そして、作る過程を見た人は、その服をきっと長く大事に着てくれる。この作品の三人が、散らかった机ごと物語にしてしまうのを観ていると、僕は自分の店のこれからを考えたくなります。解讀
苦手かもしれない人への入口
アニメ制作の話と聞くと、専門的で難しそうと思うかもしれません。でも用語は分からなくて大丈夫。三人の役割を「考える人」「描く人」「回す人」と思って観てください。きっと、自分の仕事場や学校の誰かに重なる。僕の店にも、ちゃんと三人とも揃っています。喜好
ほかの6選と
手で描いた線の勢いという点では『かぐや姫の物語』と、仲間と一つのものを作り上げるアトリエの空気という点では『Paradise Kiss』とつながっています。この作品は、僕に作業場のカーテンを外させてくれた。いま店の奥では、お客さんが縫いかけの服を眺めながら、よく笑っています。喜好
完成品の手前に、いちばんおもしろい時間がある。誰かの作業机を見かけたら、少しだけのぞいてみて。