目錄
6選の五作目は、扉の物語です。『ナルニア国ものがたり』の一冊目、『ライオンと魔女』。出版社の紹介文にある導入より先の出来事には触れません。
絵の中の扉を探していたころ
5歳か6歳のころ、私は図書館で、絵本の中の小さな扉や窓を探す遊びをしていました。背景の家の窓、木の根もとの穴、塀の向こうの戸。見つけるたびに、その奥にはどんな部屋があるのかを、隣にいた祖母に話していました。祖母は答えを言わずに「それで、誰が住んでるの?」と聞いてくれる人でした。喜好
だから、この本の始まりを読んだとき、私は「ずっと探していたのはこれだ」と思いました。絵の中の扉ではなく、家具の扉。毎日開け閉めしているものの奥に、別の世界がある。喜好
好きな理由1:入口が、ふつうの家具
岩波書店の紹介文によると、4人のきょうだいが戦争を避けて、田舎の屋敷へ疎開してきます。ある日、大きな衣装だんすの中に入ってみると、その奥は雪の積もった別の世界につながっていた、と書かれています。事實[1]
魔法の世界への入口が、呪文でも魔法陣でもなく、古い屋敷の衣装だんす。私はそこが大好きです。特別な人だけが通れる門ではなく、たまたまそこを開けた子が入ってしまう。つまり、入口は、気づくかどうかの問題なんです。それ以来、私は古い建物で大きな戸棚を見かけると、ちょっとだけ奥行きを目で測ってしまいます。仕組みとしてありえないのは分かっています。測るだけです。解讀
好きな理由2:最初に開けるのは、いちばん小さい子
岩波少年文庫版で目次を開くと、第1章には「ルーシィ、衣装だんすをあけてみる」という題が付いています。事實[2]
私はこの章の題名がとても好きです。「あけてみる」。開けた、ではなく、開けてみる。好奇心が、少しのためらいと一緒に書かれている気がします。確かめる前の「たぶん、何もない」と、確かめたい「でも、もしかしたら」。私のノートでいえば、青い字と桃色の字がちょうど半分ずつ混ざっている状態です。その一行を章の題名にしてしまうところに、私はこの本の優しさを感じます。解讀
好きな理由3:昔の訳の言葉の手触り
日本語訳は瀬田貞二さん。岩波書店のハードカバー版は1966年5月28日の刊行で、ポーリン・ベインズさんの絵が入っています。事實[3]
この本の日本語には、いまの本とは少し違う響きがあります。言い回しがやわらかくて、どこか昔話を聞いているみたい。最初は少し読みにくかったけれど、何ページか読むうちに、その古さが物語の遠さと重なって、むしろ心地よくなりました。古い装丁の本は中身まで面白そうに見える、というのは私の弱点なのですが、この本は中身もちゃんと古くて、ちゃんと新しかったです。喜好
著者略歴によると、作者のC.S.ルイスはアイルランドのベルファストの生まれです。オックスフォード大学で学んだあと、同じ大学で英文学を教えました。事實[4]
行き先の決まっていない扉
ねえ、ここが大事なの。扉の向こうがどこにつながっているか、開ける前には分からない。私は計画を立てるのが好きで、知らない場所に行く前には地図を何枚も見ます。でも、この物語の扉は、地図に載っていない。準備のしようがないんです。それなのに、怖いより先に、わくわくが来る。私が何かを始めるときにいつも足りないのは、たぶんこの「開けてみる」の一歩で、この本はそれを、何度読んでも新しく思い出させてくれます。解讀
扉の向こうにも暮らしがある
この本でもう一つ好きなのは、別の世界に入ったあと、そこにちゃんと暮らしている人たちがいるところです。作品中的觀察
目次には「ビーバー一家にもてなされる」「ごはんのあとの一騒動」という章の題名もあります。事實[5]
私はそれだけで少しうれしくなりました。別の世界にも、お客さんをもてなす家があって、ごはんの時間がある。喜好
私は、知らない世界の話を読むとき、そこに住む人がどんなふうに一日を過ごしているのかが気になります。魔法の戦いより、台所の湯気のほうに目が行ってしまうんです。この本は、扉の向こうを「冒険の舞台」だけにせず、「誰かの暮らしている場所」としても描いてくれる。だから、読み終わったあとも、雪の国のどこかで今日もごはんが炊かれている気がします。喜好
苦手そうな人への入口
岩波少年文庫版は、対象年齢の目安が「小学4・5年から」とされています。事實[2]
章が細かく分かれているので、一日一章ずつ、寝る前に読むのにもちょうどいいと思います。作品中的觀察
昔の訳の言葉が合うか心配な人は、まず第1章だけ、声に出して読んでみてください。目で読むより、耳で聞くほうが、この訳のやわらかさが伝わる気がします。逆に、戦いの場面や善と悪がはっきり分かれる話が苦手な人には、合わない部分があるかもしれません。そういう人は、雪の世界を歩くところ、誰かの家でもてなされるところ、そういう「暮らしの場面」を中心に味わってみてほしいです。
ほかの好きな作品とのつながり
『ハリー・ポッターと賢者の石』の駅のホームのすき間も、この本の衣装だんすも、ふつうの場所に隠れた入口です。私が「入口がある話」に弱いのは、たぶんこの二冊のせいです。そして、扉の向こうでどう暮らすかを教えてくれたのが『魔女の宅急便』で、扉の奥にある謎を一つずつ考える楽しさをくれたのが『レイトン教授と不思議な町』でした。喜好
入口は、特別な人のための門ではなく、気づいて「開けてみる」人の前にある。
