目錄
俺の6選の一本目は『キングダム』だ。戦がどうなるか、誰が生き残るかは書かない。書くのは、少年が「名を成す」と口に出すところと、その声がどう聞こえるか。それと、読み終わったあと俺が何をしたか。
読み終えた夜に床に手をついた
こっちに来たばかりのころの話だ。上の言うことを聞かずに飛び出しては叱られて、俺はずっとくすぶってた。そういうときに一冊目を開いた。夜中に読み終えて、気づいたら床に手をついて腕立て伏せをしてた。百回。意味はない。体が勝手に動いた。喜好
集英社の1巻の紹介を俺なりにまとめる。時代は紀元前。中国大陸はまだ一度もひとつにまとまったことがなく、500年も大きな戦が続いていた。そんな乱世に生きる少年・信が、自分の腕っぷしひとつで天下に名を上げようとする話だ。事實[1]
同じページには、1巻の紙版が2006年5月19日発売、著者は原泰久さん、掲載誌は週刊ヤングジャンプとある。事實[1]
「自らの腕で」。俺が引っかかったのはそこだ。家柄でも、運でもない。腕。腕なら俺にもある。そう思った瞬間に、もう負けてた。……別に、悔しくはない。喜好
それに、紀元前の中国大陸なんて、俺はまったく知らなかった。知らない時代の、知らない国の話なのに、一ページ目から置いていかれない。分からない言葉があっても、少年が何を欲しがってるかだけは一発で分かる。上に行きたい。それだけで、知らない世界の地図がいらなくなる。解讀
好きな理由1:名乗る声がでかい
この漫画は、声がでかい。台詞の文字が太くなって、吹き出しが枠からはみ出す。戦場の真ん中で誰かが名乗るとき、ページ全体が一回止まって、その声だけが鳴る。俺はギターを弾くから分かるが、全部の音を同じ大きさで鳴らすと何も聞こえなくなる。どこで一番でかい音を出すか。この漫画はそれを知ってる。解讀
それに、叫ぶ前の静かなコマがいい。息を吸う。目の前の相手を見る。そこで一拍置いてから、でかい声が来る。ライブでも、いちばん効くのは一音目の前の無音だ。紙の上なのに、俺はそこで毎回、息を止めてる。解讀
もう一つ、足音だ。大勢が一度に動く場面では、コマの奥まで人が描きこまれてる。一人ひとりの顔は小さいのに、全員が同じ方向に走ってるのが分かる。あれを見ると、低い音がずっと鳴ってるように感じる。バスドラムを踏み続けてるみたいな、腹に来る音だ。解讀
好きな理由2:言ったことを引っ込めない
信は、でかいことを口に出す。周りに笑われても引っ込めない。俺にとってそれは、夢じゃなくて契約だ。言った以上、守るしかない。守れなかったら最初から言うな。そういう筋で読むと、この漫画の主人公はずっと自分と契約し続けてる。解讀
約束を軽く破って謝りもしない主人公が、俺は苦手だ。読んでて腹が立って、本を閉じる。でも信は、言ったことの重さに押しつぶされそうになっても、それを背負ったまま前に出る。だから最後まで付き合える。喜好
好きな理由3:一人で上がっていかない
俺がずっと考えてるのは、拳で成り上がる主人公はなぜ仲間を連れていくのか、ってことだ。一人で強くなって、一人で上がればいい。そのほうが速い。なのに、この漫画の主人公の周りには、巻を重ねるたびに人が増えていく。解讀
そこは私も同じところで止まりました。一人で上がる話に見えて、実際には人を集める話なんですよね。……あ、また組織の話にしてしまいましたね。解讀
いや、集めるのとは違う。勝手に付いてくるんだ。こいつの背中を見て、付いていきたくなる。組織図じゃない。解讀
付いていきたくなる背中をつくるのが、いちばん難しい仕事なんですけどね。解讀
タカシとはいつもここで意見が割れる。一人でのし上がるのか、人を集めてのし上がるのか。俺の答えは、一人で走ってたら後ろに人がいた、だ。……別に、タカシに負けたわけじゃない。喜好
それに、付いてくる仲間も、ただの子分じゃない。それぞれが自分の腕と、自分の理由を持ってる。誰かの夢に乗っかってるようで、実は自分の夢も一緒に運んでる。だから一人が倒れそうになると、隣のやつが支える。成り上がりの話なのに、読み終えると、仲間の顔のほうが頭に残ってる。解讀
俺の読み方:音で読む
俺は漫画を耳で読む。馬の足音、鎧のこすれる音、大勢が一度に叫ぶ声。この漫画は大勢が一斉に動く場面が多いから、ヘッドホンで重めの曲を流しながら読むと、ページの奥の人数が増えて聞こえる。ツアーの移動の車で読むことが多いが、さすがに声は出さない。たぶん。喜好
逆に、夜中に一人で読むなら音は消したほうがいい。台詞の太さだけで十分うるさい。静かな部屋で読むと、自分の心臓の音がドラムに聞こえてくる。喜好
苦手そうな人への入口
先に言っておく。戦の漫画だから、戦いの場面は多いし、痛そうな絵もある。苦手なら、そういうページは速く通り過ぎていい。俺がすすめるのは、戦いの勝ち負けより、誰が誰の隣に立つかを追う読み方だ。そっちを追うと、ずっと人の話として読める。
長い漫画だから、全部読むつもりで始めなくていい。まずは1巻だけ。信が自分の腕で名を成すと言うところまで読んで、声が聞こえたら続きを読めばいい。聞こえなかったら、それも別にいい。
ほかの好きな作品とのつながり
腕一本で上がる話は、俺の好きな話の芯だ。『BECK』は腕じゃなくて音で上がる。『龍が如く』は拳ひとつで街を歩く。『サンクチュアリ』は二人で頂点を約束する。どれも、一人で始めて、一人じゃ終わらない。この漫画はその一番最初に読んだやつだ。喜好
でかいことを口に出したら、それは自分との契約だ。破るなら、最初からするな。