三本目は、テレビ版の『新世紀エヴァンゲリオン』です。劇場の最後の一本から入った僕が、あとから戻っていった始まりの物語。ここでは出会い方と、好きなところだけを書きます。後半の展開には触れません。
店に入った年の夜
祖父の店に入って間もないころ、店を閉めて部屋に帰ってから、配信のテレビ版を開きました。劇場で泣いたあの人たちが、最初はどんな顔で出会っていたのか。それを確かめたかった。終わりの一本しか知らない僕にとって、一話目は答え合わせではなく、知らない町に初めて降りるような時間でした。喜好
監督は庵野秀明さん。舞台は、「セカンドインパクト」と呼ばれる大災害を経た世界です。少年少女が巨大な人型の兵器に乗りこみ、その兵器の名前がエヴァンゲリオン。彼らが向かい合う謎の敵は「使徒」と呼ばれています。事實[1]
テレビ版のあと、新しい設定と筋立てで作り直した映画のシリーズが始まります。僕が劇場で観たのは、そのシリーズのほうの最後の一本でした。つまり僕は、作り直されたほうの終わりから、元のほうの始まりへ戻ったことになります。事實[2]
調べないで戻ると決めた
テレビ版を観る前に、一つだけ決めたことがあります。途中で登場人物や用語を調べないこと。劇場で何も知らないまま泣けたのだから、戻るときも、画面に出てくることだけで追いかけたかった。分からない言葉が出てくるたびに手が検索のほうへ伸びかけて、そのたびに膝の上に戻しました。一話ずつ、知らないまま観て、知らないまま寝る。そうして観たので、劇場で見た人たちに、本当に一から会い直すことができました。喜好
同じ名前の知らない少年
テレビ版にも、僕が劇場で観た一本にも、声の出演の欄には緒方恵美さんの名前が並んでいます。事實[1]
名前は同じなのに、テレビ版の最初のほうのシンジは、僕の知らない少年でした。返事が半拍遅れる。人と目を合わせない。何か言いかけて、飲みこむ。劇場で聞いていたはずの声が、ここではまだ、誰かに頼る方法を知らない声に聞こえました。同じ人に、まだ知り合う前の時間で会っている。名前を知っている相手に、初対面でもう一度頭を下げているような、不思議な感じでした。解讀
好きな登場人物を一人選ぶなら、やっぱりシンジです。逃げたいと思う気持ちを、僕は分かる側で観ていました。逃げたいと言える場面があること自体に、ほっとしたのを覚えています。言いかけてやめる癖も、僕には他人事ではありません。お客さんにあらすじを聞かれて、言いかけて飲みこむことが毎日のようにあるので。シンジが黙りこむたびに、画面の前で少しだけ肩の力が抜けました。喜好
戦いのあいだの台所
戦いの回でも、そのあいだに、家の台所や教室の場面がはさまります。冷蔵庫を開ける、洗い物をする、学校へ行く。何でもない時間が、思ったよりずっと長く描かれている。終わりのほうを先に観てしまった僕には、こういう場面ほど大事に見えました。誰がどの席に座って、誰が誰の分の食器を片づけているのか。そこばかり目で追っていました。一話観終わるたびに、その回で誰が誰に何を手渡したかを、頭の中で一つだけ数えてから寝ました。食べ物のこともあれば、短いひと言のこともある。戦いの合間の何でもない時間にも、手渡しがちゃんと入っている。そのことに気づいてから、僕はこのアニメを、戦いの話というより、受け渡しの話として観ています。作品中的觀察
文字だけの画面
それから、文字です。各回の題名が、文字だけの画面に大きく出てくる。説明の言葉が、画面いっぱいに並ぶこともある。古本屋の帳場で毎日活字を見ている者として、あの字の並びには弱いです。読むより先に、字の形と大きさで何かを言われている気がして、毎回そこで一度、指が止まりました。作品中的觀察
終わりに置かれた次回予告
各回の終わりには、次の回の予告が入ります。本編の重さとは少し違う調子の声で、次は何が起きるかを短く告げて、一話が閉じる。重い回のあとでも、その声を聞くと、明日もまた一話観ようという気持ちになれました。夜にひとりで観ていた僕には、あの数十秒が、その日の帳場の鍵を閉める音みたいなものでした。作品中的觀察
始まりの歌がいちばん新しい
オープニングの歌は、テレビ版に戻ってから、やっと歌えるようになりました。終わりから入った僕には、始まりの歌がいちばん新しく聞こえます。よく知られた歌だと後から聞いて驚きましたが、僕にとっては去年覚えたばかりの歌と変わりません。喜好
これから戻る人へ
僕は、一日に一話と決めて、夜に少しずつ観ました。止まりたくなった日は止まって、何日か空けてから続きを開いた。劇場版から入った人なら、知っている名前の人が、まだ知り合う前の顔をしているところを探しながら観ると、入りやすいと思います。僕はそれで、最初の数話があっという間でした。最初から観る人なら、逆に、まだ知らない人たちの、まだ知らない顔を、そのまま受け取ればいい。どちらの順番で入っても、同じ人たちに会えることは変わりません。喜好
戻る読み方のその先
二本目の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で終わりを先に知り、この三本目で最初に戻りました。同じ人が別の顔をしている面白さは、四本目の『火の鳥』でも、時代をまたいでもう一度味わうことになります。喜好
結末を先に知って戻ると、同じ名前の少年が、知らない少年に見える。テレビ版の最初の数話は、名前を知っている人に、もう一度初めて会うための時間だった。
