6選の四本目は『火の鳥』です。名前は前から知っていました。でも読んだのは、去年が初めて。人に渡すたびに、どの編を一番上に置くかで迷う本でもあります。どの編も、結末には触れません。
束のいちばん上の一冊
店に、昔の漫画がまとめて入ってきた日がありました。値札を付ける前に一冊だけ、と思って、閉店後の帳場で束のいちばん上を開いた。気づいたら、電気スタンドの下でその束を全部読んでいました。名作と呼ばれている本でも、僕にとっては去年出たばかりの新刊でした。喜好
手塚治虫さんの長編漫画です。血を飲めば永遠の命が手に入る、という火の鳥がいて、その鳥をめぐって、まるで違う時代の人たちが描かれていきます。舞台は大昔のこともあれば、ずっと先の未来のこともあり、地球を離れて宇宙へ出ていく話もあります。事實[2]
作品は「〇〇編」と名の付いたいくつもの編でできていて、最初に世に出たのは「黎明編」でした。発表の場も一つの雑誌ではなく、いくつもの雑誌をまたいで書き継がれています。事實[1]
束の本はどれも背が焼けていて、ページの端が茶色くなっていました。めくるたびに、乾いた紙が小さく鳴る。その音を聞きながら遠い未来の宇宙の話を読んでいると、古いのか新しいのか分からなくなってきて、それが妙に楽しかった。翌朝、倉庫へ向かう自転車の上でも、まだ頭の中で紙の音が鳴っていました。喜好
時代が飛ぶから順番を選べる
編ごとに、一つの話として読めるようになっています。僕がたまたま最初に開いたのは、遠い未来の時代の編でした。そこから昔の時代の編へ戻ったので、古い時代の人たちの話を読みながら、頭のどこかでずっと未来の景色が鳴っていた。別の順番で読んだ人には、きっと別の音が鳴っていたはずです。どの編から入ったかで、次の編の見え方が変わる。それが、この漫画のいちばん好きなところです。解讀
同じ顔が別の時代に
鼻の大きな男が、編をまたいで、名前を変えて出てきます。時代も立場も違う、別の人のはずなのに、同じ顔をしている。読み進めるうちに、その顔がコマに出てくるだけで、少し身構えてしまう。同じ人の別の顔、というのは、エヴァのテレビ版に戻ったときに覚えた面白さです。それをこの漫画では、何百年も離れた時代のあいだで味わえる。作品中的觀察
見届ける鳥
好きな登場人物を一人選ぶなら、火の鳥そのものです。人間の誰かの味方として飛んでくるというより、時代を越えて、人のすることを見届けている鳥に、僕には見えます。誰かを裁く前に、まず見ている。古本屋の帳場から、いろんな人の手を渡ってきた本を眺めていると、あの鳥の目の高さが少しだけ分かる気がします。火の鳥が出てくるコマは、ほかのコマと少し空気が違います。羽の線がどこまでも伸びて、コマの枠からはみ出しそうになっている。その一コマのために、それまでのページがあったように思える回もありました。解讀
重い場面の隣の落書き
もう一つ好きなのは、とても重い場面のすぐ隣に、作者の遊びのような、とぼけた顔や小さな落書きがまぎれこむところです。最初は面食らいました。でも読み返すと、そこで一度、息がつける。長い時代を一気に読むための息継ぎの場所を、描いた人が置いてくれているように思えます。作品中的觀察
カウンター越しの相談
永遠の命の鳥……。不死鳥の伝説なら、少し調べたことがあります。この漫画は、どの巻から読めばいいですか?
それが、毎回迷うんです。リリィさんなら、昔の時代の編からがいい気がします。最初の何ページかだけ、そこでめくってみてください。喜好
はい。伝説のところと、この漫画で初めて知ったところを分けて、ノートに書きます。
魔法や伝説を探しに来る人には、神話の空気が残っている時代の話のほうが入りやすいと思って、昔の時代の編を選びました。SFが好きなお客さんなら、未来の時代の編を上に置く。同じ『火の鳥』でも、渡す相手によって、一冊目が変わります。喜好
昔の絵柄が気になる人へ
絵柄の古さが気になって手が止まる人もいると思います。僕は未来の時代の編から入ったので、最初の数ページで絵の古さを忘れていました。宇宙や機械が出てくる話だと、昔の絵がかえって新しく見えることがある。そこから入ると、僕はずいぶん楽でした。一冊読み終えるたびに、少し間を置いてから次の編を開くのも、僕には合っていました。喜好
裏表紙の内側の鉛筆
店に出す本は、閉店後に一冊だけ読むことがあります。読み終えたら、値札を付ける前に、裏表紙の内側に渡したい人のイニシャルを鉛筆で小さく書いて、すぐに消しゴムで消す。『火の鳥』の束では、それを何度もやりました。編ごとに、思い浮かぶ顔が違ったからです。昔の時代の編には、伝説の本を探しに来る常連さんの顔が、未来の時代の編には、機械の話が好きなお客さんの顔が浮かぶ。消したあとの紙には何も残りませんが、その本を棚に挿すときの手つきが、少しだけ変わります。喜好
部屋の山の上で
読み終えた本は、渡す相手の顔が浮かぶまで、部屋の床に積んでおきます。『火の鳥』は、いまもその山のいちばん上です。渡す人が決まるたびに、どの編を一番上にするかを入れ替える。エヴァで覚えた「後ろから読んでもいい」という読み方を、この漫画では「どこから入ってもいい」に広げてもらいました。六本目の『銀河鉄道999』も、同じ山の中で順番を待っています。喜好
どの編から渡すかで、同じ『火の鳥』が別の本になる。次の人の顔を思い浮かべてから、山のいちばん上を入れ替えたい。