6選の四本目は『紅の豚』です。空の映画です。でも僕にとっては、工房の映画でもあります。空の青と、油のにおい。その両方が一本の中にある作品は、なかなかありません。今日は、その両方について話させてください。
海まで走った夜
16歳になってすぐ原付の免許を取って、続けて普通二輪の免許も取りました。はじめてバイクで遠くの海まで走った日のことは、よく覚えています。もちろん法定速度で、休憩をはさみながら、ゆっくり。帰ってきた夜、なんとなくこの映画を観ました。海の上を飛ぶ場面で、空を飛びたい気持ちがはっきりしたんです。海に着いたのは夕方で、バイクを止めて、しばらく水平線を見ていました。空と海の境目が、だんだんわからなくなっていく。あの境目の上を飛べたら、と思ったのが最初です。喜好
スタジオジブリの作品ページには、原作・脚本・監督が宮﨑駿さん、公開日が1992年7月18日と書かれています。事實[1]
上映時間は約93分です。一晩で、余韻まで含めてちょうどいい長さだと思います。喜好[1]
好きな理由1:工房の場面
傷んだ飛行艇を、工房で組み直す場面があります。図面を引く若い設計士がいて、手を動かす人たちがいる。乗り手を信じて図面を引く人がいるから、空を飛べるんだと思います。僕はこの場面だけを、何度も見返しています。部品が並んでいく様子を見ていると、カートの整備をしているときと同じ気持ちになります。図面を引く場面には、鉛筆の音まで聞こえてきそうな静けさがあります。機体はまだ飛んでいないのに、図面の上ではもう空を飛んでいる。設計する人の頭の中には、ちゃんと空があるんだと思います。解讀
好きな理由2:空の青の重なり
海の青と空の青が、場面ごとに少しずつ違います。昼の青、夕方に近い青、雲の影が落ちた青。飛んでいる場面では、機体より空のほうを見てしまうことがあります。バイクで海沿いを走ったとき、同じように色が変わっていくのを見て、この映画のことを思い出しました。地上で見上げる青と、空の中の青は、きっと違うんだろうと思います。いつかそれを、自分の目で確かめたいです。喜好
好きな理由3:エンジンをかける前
飛び立つ前の準備に、ちゃんと時間がかかるところが好きです。機体を確かめて、エンジンをかけて、水の上を走り出す。すぐには飛ばない。その間があるから、浮き上がる瞬間が気持ちいいんです。速さはいつも、準備の手前で決まっていると思います。カートでも、スタートの前にエンジンを温める時間があります。その時間を急ぐと、いい走りはできません。解讀
師匠、海まで走ったって、どれくらいかかったんだよ。
地図の到着予定より、だいぶ遅かったです。疲れたら止まって休むのも、運転のうちなので。
……ふーん。俺も今度、休憩を入れて走ってみる。……別に、師匠の真似じゃねぇ。
公道で休むのは、負けじゃねぇってことか。
はい。休むのも、安全に帰るための準備です。
飛ぶ人と整える人
僕は、乗り手を黙って支えるメカニックに弱いんです。この映画では、飛ぶ人と、機体を整える人が、まっすぐ向き合います。どちらかが上ということはなくて、空に出る人は、整えてくれた人の仕事を背負って飛ぶ。カートでも、整備してくれた人の顔を思い浮かべてからスタートラインにつくと、手の震えが少し止まります。解讀
飛ぶ前に機体の調子を確かめる手つきも好きです。耳で音を聞いて、手で振動を感じる。機械が教えてくれることを、人がちゃんと受け取っている。機械が賢くなっていく時代でも、こういう受け取り方は、乗り手の仕事として残るんじゃないかと思っています。解讀
パイロットになりたいと思うようになってから観直すと、空の場面の見え方も変わりました。前は青さばかり見ていたのに、いまは雲の高さや、風に流される機体の傾きが気になります。空はきれいなだけじゃなく、ちゃんと読まないといけない場所なんだと、この映画に教わった気がします。喜好
苦手そうな人への入口
主人公の見た目に、最初は戸惑う人もいるかもしれません。そこは気にしなくて大丈夫です。おすすめは、工房の場面を楽しみに観ることです。飛行機に詳しくなくても、ものを一から組み立てる楽しさは伝わります。空の場面は、ただ色を眺めているだけでも十分です。時代のことを知らなくても大丈夫です。わからない言葉が出てきても、空と工房の場面を追いかけていれば、ちゃんと最後まで連れていってくれます。一度観て気に入ったら、二回目は工房の場面だけを観る、という観方もおすすめです。
ほかの6選とのつながり
空を飛ぶ作品としては『マクロスゼロ』と、整備する手の物語としては『capeta』とつながっています。飛ぶ人と、整える人。僕の6選は、だいたいこの二つのあいだを行ったり来たりしています。それから『カーズ』。走る人と、その人を迎え入れる町の人たちの話という意味で、遠いようで近い作品だと思っています。飛ぶ人の物語を観たら、次はその人を支えた手の物語を観る。僕はいつも、そうやって二本ずつ観ています。喜好
乗り手を信じて図面を引く人がいるから、空を飛べる。工房の場面を、もう一度見てください。