6選の三本目は『capeta』です。カートの漫画です。僕がカートを始めたころの気持ちが、そのまま描いてある気がして、何度も読み返しています。速さの話なのに、僕がいつも手を止めるのは、整備の場面なんです。
近所のカート場で
小学生のころ、近所のカート場で初めてハンドルを握りました。自分の手で、何かを思いどおりに動かせる。その感覚に、すぐ夢中になりました。カート屋のおじさんが、タイヤの磨き方から教えてくれました。この漫画に出会ったのも、そのころです。初めてコースを一周したあと、手のひらが少ししびれていました。ハンドルから伝わってくる振動と、エンジンの音。帰り道もずっと、ハンドルを握る手つきをしていたと思います。家に帰っても両親はまだ帰っていなかったので、その話はカート屋のおじさんにしかできませんでした。喜好
作者は曽田正人さんです。講談社に載っている第1巻の紹介によると、平勝平太(通称カペタ)の父親は、捨てられていた材料を集めてカートを手作りし、カペタに渡します。そしてその“カート”によって、カペタの運命は大きく動いていく、と書かれています。事實[1]
同じページによると、第1巻の初出は『月刊少年マガジン』2003年3月号から5月号です。事實[1]
好きな理由1:手作りのカート
最初から立派な道具がそろっている話ではありません。誰かが手を動かして、ありあわせのもので組み上げたカートから始まる。速さの後ろには、いつも誰かの手があります。僕が最初に乗ったカートも、おじさんが何度も直しながら走らせていた古い一台でした。道具は、最初から完璧である必要はない。手をかければ、ちゃんと応えてくれます。解讀
好きな理由2:整備の場面の静けさ
走っている場面は、線が多くて、音が聞こえてきそうなほど激しい。でも整備の場面になると、コマが急に静かになります。工具を置く、ねじを締める、タイヤを触る。その静けさが好きです。ひとりの夜にタイヤを磨きながら、この漫画の整備のページだけを開いていることがあります。ページをめくる手が、そこだけ自然とゆっくりになります。喜好
好きな理由3:顔が先に描かれる
スタートの前、乗り手の顔が大きく描かれるコマがあります。怖さと、うれしさが、同じ顔に出ている。カートに乗る前の、あの胸の音が、紙の上にちゃんとあるんです。僕もいまだに、ヘルメットをかぶる前は深呼吸を二回します。喜好
続けること
同じころ、僕は空手教室にも通っていました。でも、礼の声が小さいのが気になって、早々にやめてしまいました。いまでも先生の前に出ると、少し気まずいです。喜好
おう、ハヤテ坊。まだ気にしとるのか。車のほうは続いとるそうじゃな。続くもんを一つ持っとれば、それでええ。
……は、はい。あの、その節は、すみませんでした。
この漫画を読んでいると、続けることは、毎日少しずつ手を動かすことなんだと思えてきます。続かなかったことがあっても、続いているものが一つあれば、それでいいのかもしれません。続けているといっても、毎日楽しいわけではありません。うまくいかない日のほうが多いです。それでも、次の日にはまたタイヤを磨いている。そういうものが一つあるのは、ありがたいことだと思います。解讀
整備する人の目
カートは、整備でまったく別の乗り物になります。タイヤの空気圧、チェーンの張り、シートの位置。少し変えるだけで、コーナーの入り方が変わる。この漫画を読むと、主人公の速さの後ろに、ずっと手を動かしている大人がいることがよくわかります。乗り手が前を向いていられるのは、後ろを見てくれている人がいるからです。解讀
僕がいちばん好きなのは、整備の時間です。意外だと言われますが、走っている時間より長いし、何より静かです。ひとりの夜、タイヤを磨いていると、その日の走りが頭の中でもう一度流れる。どこでブレーキが早かったか、どこで手が迷ったか。整備は、走りを振り返る時間でもあるんです。喜好
機械が運転を手伝ってくれる時代になってきました。そのうち整備も、機械が全部やってくれるのかもしれません。それでも、手でタイヤに触れたときにしかわからないことは、まだたくさんあります。この漫画の整備の場面を読むたびに、そう思います。解讀
苦手そうな人への入口
レースの漫画は、ルールや用語でつまずきやすいと思います。最初の巻には、父が手作りのカートを組んで与えるところが描かれているので、カートを知らなくても読めます。親子の話として読み始めてみてください。カートに乗ったことがない人は、レンタルカートで一度だけ乗ってみるのもおすすめです。もちろんコースの中で、係の人の説明を聞いてから。ハンドルの重さを知ってから読むと、コマの見え方が変わります。
ほかの6選とのつながり
毎日の積み重ねが速さになる『頭文字D』と、機体を一から組み直す『紅の豚』。三つとも、乗り手の後ろにいる手の物語だと、僕は読んでいます。速く走る人の物語を読むと、その人を支えている手のほうを探してしまう。それが僕の読み方なんだと思います。喜好
速さの後ろには、いつも誰かの手がある。整備のページで、一度手を止めてみてください。