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日常

法定速度で登る榛名山

劇透範圍 無劇透 『頭文字D』は、舞台のモデル(榛名山)と主人公の車など、作品紹介で分かる範囲まで。バトルの勝ち負けと物語の展開には触れません

『頭文字D』の山のモデル、群馬県の榛名山へ。運転席には、レンタカーのハンドルを握りしめるジン。助手席には「それは、サーキットでやることです」のハヤテ。カーブのたびに手ぶりの講義が始まる、のんびりした峠の一日。

適合這樣的人
好きな作品の道を、自分も走ってみたいと思ったことがある人へ。教わる側に回ると急に素直になる人にも。
發言的人
Hayate × Jin
聖地巡禮 群馬県渋川市から榛名山へ(駅前で車を借りて山の上の駐車場まで) 十月の日曜、朝から昼すぎまで

朝八時。駅前のレンタカーの駐車場で、ジンは運転席に座ったまま、ハンドルを両手で握っていた。まだエンジンもかけていない。助手席では、ハヤテがシートの位置を一段ずつ確かめている。

Jin

師匠。今日は、あの山だな。

Hayate

はい。……先に、約束を確認させてください。今日は法定速度で走ります。追い越しはしません。カーブの手前では、ちゃんと減速します。

Jin

わかってる。……それは契約だろ?

Hayate

契約です。

ジンは真顔でうなずいた。レンタルカートの店で周回遅れにされて以来、ジンはハヤテを「師匠」と呼び、運転のことだけは素直に言うことを聞く。それ以外のことは、あまり聞かない。

Jin

で、確認だ。あの漫画の山は、ほんとにこの先にあるんだな。

Hayate

作中の秋名山という山は架空の名前なんです。モデルになっているのは、上毛三山のひとつの榛名山です。ほかの地名は、実際の名前で出てきます。[1]

Jin

名前だけ変えてあるのか。……照れ屋だな。

Hayate

照れ屋、ではないと思います。

エンジンがかかった。ジンはミラーを三回、ハヤテに言われる前に合わせた。それから、ゆっくり駐車場を出た。

町を抜ける途中、ハヤテが急に「あ」と言った。歩道ぎわの路面に、絵の描かれたマンホールのふたが見えた。

Hayate

渋川市は、作品の舞台を訪れる人のために、絵柄の入ったマンホールを置いたり、ラッピングバスを走らせたりしているんです。[1]

Jin

停めて撮るか?

Hayate

ここは停めないでください。駐車場に入れてから、歩いて戻りましょう。車道に出て撮るのも、なしです。

Jin

……おう。

近くの駐車場に車を入れて、二人は歩道を戻った。ハヤテは歩道の内側に立ったまま、車の切れ目を待ってから一枚だけ撮った。ジンはその横で、通りかかった軽トラックに、なぜか深く頭を下げていた。

Hayate

どうして頭を下げたんですか。

Jin

この町の道を、借りてるからな。……別に。

山へ向かう道に入ると、カーブが増えた。ジンの肩に力が入る。ハヤテは前を向いたまま、右手を少しだけ持ち上げた。

Hayate

ここは、手前でブレーキを終わらせます。曲がりながら踏まない。……はい、それでいいです。出口が見えてから、少しずつ。

Jin

……遅くないか。

Hayate

遅くないです。ブレーキは、速く走るためにあります。でも今日は、速く走る日じゃないので、ちゃんと止まれるためにあります。

Jin

漫画の連中は、こういう山道で走りを競ってたんだろ。

Hayate

それは、サーキットでやることです。

きっぱりした声だった。ジンは口を閉じて、法定速度の表示を見た。メーターの針は、駐車場を出たときからずっと、その数字の手前にあった。

Hayate

作品のほうでも、読む人が本当に真似しようとしたので、連載の途中からと、テレビアニメで、道路交通法を守って安全運転を、という注意が出るようになったんです。[1]

Jin

作った側が、止めに入ったのか。

Hayate

はい。僕は、そこも含めて好きです。速さを描く人が、道の上では止まれと言う。……あ、すみません。しゃべりすぎました。

Jin

しゃべれ。師匠の講義は、金を払っても聞く。

前を、自転車の一団が登っていた。ジンはハヤテの指示より先に速度を落とし、十分な間をあけて、その後ろについてゆっくり登った。追い越さない、と契約したからだ。ハヤテは何も言わなかったが、膝の上で小さくこぶしを握っていた。

山の上の駐車場に車を停めると、急に静かになった。下に町が広がり、雲の影がゆっくり動いている。ジンは車を降りるなり、ボンネットに手を置いた。

Jin

……熱い。よく頑張ったな、お前。

Hayate

車に話しかけるんですね。

Jin

ギターにも話しかける。弦が切れる前の日は、だいたい分かる。

Hayate

……それは、分かります。僕も、タイヤを磨いているときがいちばん好きなので。

ハヤテはしゃがんで、レンタカーのタイヤの溝を指でなぞった。速さの話よりずっと長く、ずっと楽しそうに、空気圧の話をした。ジンは途中から分からなくなったが、最後まで黙って聞いていた。

Jin

師匠は、あの主人公のどこが好きなんだ。

Hayate

主人公が乗っているのは、ハチロクと呼ばれる古い型の車なんです。[1]

Hayate

僕が好きなのは、その車で、特別な場所じゃなくて、毎日の決まった道を走って覚えていったように見えるところです。毎日の積み重ねが、速さになっている。

Jin

……下から、腕一本か。俺の好きな話だ。

Hayate

腕一本と、毎朝の一回です。

昼は、駐車場のベンチでコンビニのおにぎりを食べた。ジンは三つ、ハヤテは一つ半。残りの半分は、ジンが「育ち盛りが何を言ってる」と言いながら、結局自分で食べた。

Jin

師匠は、なんで車なんだ。

Hayate

小学生のとき、近所のカート場で初めてハンドルを握って……自分の手で、何かを思いどおりに動かせたのが、初めてだったんです。家では、ひとりの時間が長かったので。

Jin

……ひとりの時間か。

Hayate

でも、隣の家のタカシさんが、庭の花ごしによく声をかけてくれました。古いレースアニメのDVDも、あの人が貸してくれたんです。スポンサーになろうか、って何度も言われて、何度もお断りしています。

Jin

断るのか。もらっとけよ。

Hayate

自分で走りたいので。……ジンさんは、もらいますか。

Jin

……もらわねえ。腕一本でのし上がるって決めてる。

Hayate

じゃあ、同じですね。

ジンは「同じじゃねえ」と言いかけて、口の中のおにぎりと一緒に飲みこんだ。

風が強くなってきた。ハヤテは手すりにもたれて、しばらく黙っていた。それから、ぽつりと言った。

Hayate

……そのうち、車は機械が運転するようになると思います。そうしたら、僕がこうやって覚えたことに、意味はあるのかなって、ときどき考えます。

ジンはすぐには答えなかった。サングラスを外して、レンズを服の裾で拭いた。

Jin

今日、俺は一回も怖い思いをしなかった。隣で、師匠が手前で止めろって言ったからだ。……機械に、それが言えるかよ。

Hayate

……言えるかもしれません。

Jin

じゃあ、言い方だ。師匠の言い方は、機械には真似できない。……別に、ほめてない。

ハヤテは何か言いかけて、やめて、少し笑った。年上の人をこんなふうに笑うのは失礼かもしれない、と思いながら。

帰り道、ふもとの町で、ジンは豆腐を一丁買った。ハヤテが不思議そうに見ていると、ジンはそのパックを助手席のハヤテの膝にのせた。

Jin

持っててくれ。駅まで、こいつを崩さずに帰る。

Hayate

……分かりました。急な加速と、急なブレーキは、なしです。

駅前に車を停めたところで、ハヤテがふたを開けた。豆腐は、角ひとつ欠けていなかった。ジンは「当然だ」と言って、そのあと三回、ガッツポーズをした。

本文中的作品

講述者 Hayate 夢想天空的溫柔賽車手高中生 閱讀更多 Hayate 的文章 →

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