スイが仕事の日の昼下がり、海辺のゲンの家の縁側にゃ。今日は漁が休みで、ゲンは居間のテレビで古い映画を流しているにゃ。そばでは末の子が昼寝をしているから、テンは座布団の上で、猫らしく丸くなって付き合うことにしたにゃ。
室町のころの森へ
(小声で)テン、これ観たことあるか? 森の神様が出てくるやつだ。チビが起きねえように、音は小さめな。
にゃ。
『もののけ姫』は、スタジオジブリが作ったアニメーション映画で、公開は1997年7月12日にゃ。原作・脚本・監督は宮崎駿さんにゃ。事实[1]
時代は室町のころにゃ。アシタカはエミシの村の少年で、タタリ神と戦ったときに右腕へ呪いを受けてしまうにゃ。それを解くため、アシタカは村を離れて西へ向かうにゃ。事实[1]
「シシ神の森」を描くため、作り手たちは屋久島へ5泊6日のロケハンに出かけたにゃ。美術監督の一人の男鹿和雄さんは、エミシの村を描くため白神山地を取材して、歩き回って、写真や絵の記録をとったにゃ。事实[1]
屋久島と白神か! いいじゃん、それ! どっちも、でっけえ木と水の山だ。あそこを歩いて描いたんなら、そりゃ森が濃いわけだ。喜好
二本の尾の白い山犬
森の神々の中で、テンがいちばん目を奪われたのは、モロの君にゃ。白い大きな体に、尾が二本。三百年を生きてきた山犬の母さんで、我が子のことをいつも気にかけているにゃ。人からは犬神と呼ばれて怖がられているけれど、本来は荒っぽいことの嫌いな性格だ、と紹介されているにゃ。事实[1]
白くて、大きくて、尾が二本。テンは、思わず座布団から半分おしりが浮いたにゃ。あの毛並みに顔をうずめたら、どれだけあったかいか。考えただけで、ひげがふるえたにゃ。喜好
おっ、テン、しっぽがぱたぱたしてんぞ。白いの同士、気が合うか?
……にゃ。
昔の日本では、ヤマイヌ(山犬)とオオカミ(狼)を一緒くたにすることもあったにゃ。でも江戸時代ごろから、二つを別ものと書く文献が出てきたにゃ。そこにあげられた違いの一つが、オオカミは信仰されたのに、ヤマイヌはされなかったことにゃ。「オオカミ」の呼び名には「神」の意味がこもっているとされて、真神の言い伝えもその例にあげられるにゃ。事实[2]
昔は拝まれなかったという山犬が、映画の中では犬神として恐れられている。テンは、そこがちょっとうれしかったにゃ。解读
五百歳の白い猪
猪神たちは人の言葉を話す大きな猪で、たいていは焦げ茶色の毛にゃ。その中で白いのが乙事主にゃ。牙は四本、歳は五百で、猪神のなかでいちばんの年寄り。においと、ものごとを見抜く力に優れているにゃ。事实[1]
乙事主という名前は、宮崎さんが別荘を持っていた、富士見町(長野県諏訪郡)の「乙事」という地区にちなんでいるにゃ。タタラ場の女棟梁エボシ御前は「烏帽子」という地区から、甲六の名は、山梨県北杜市と富士見町の境になっている甲六川から、もらっているにゃ。事实[1]
地名から名前をつけたのか! うちの港の近くにも、変な名前の岬があるぞ。チビたちに言ったら、絶対だれかの名前にされるな。喜好
目が見えなくても、鼻で分かる。……海でも同じだ。年寄りの漁師は、においと風で天気を当てる。解读
猿の神と森の精
猩々は、夜になるとやって来て、山の崩されたところに木を植える猿の神にゃ。森をもう一度茂らせたいのにゃ。事实[1]
コダマは森の精霊で、頭を振るとカラカラと音が鳴るにゃ。体は白っぽかったり、うっすら緑がかっていたりして、暗いところでぼうっと光るにゃ。あの姿を考えたのはスタッフの一人。森の中に何かが見える、と言う人だったそうにゃ。事实[1]
森に何かいるのが見える人か。……山で夜を明かすと、たまにそういう気配があるんだよな。怖いやつじゃなくて、こっちを見てるだけのやつ。喜好
夜に木を植える猿。カラカラ鳴る精霊。テンは、森の神さまたちがそれぞれ違う毛並みと音を持っているのが、たまらなく好きにゃ。年の数まで決めてあるのも、いいにゃ。三百歳と五百歳。どちらも、ずいぶん長く森を見てきた顔をしているにゃ。喜好
縁側からの入口
観る人に言うなら、そうだな。森の場面は、話を追うより、木と水を見ろ。屋久島と白神を歩いて描いた森だ。それだけで腹いっぱいになる。喜好
テンが勧めるなら、獣の神さまたちの毛並みにゃ。白い山犬の二本の尾と、白い猪の四本の牙。それから、年の数を覚えておくこと。三百歳と五百歳を知ってから観ると、森の奥の顔つきが、少し違って見える気がするにゃ。喜好
おっと、チビが起きた。……テン、続きはまた今度な。
にゃ。
『もののけ姫』のモロの君は、三百歳の白い山犬で、尾は二本。白い猪神の乙事主は五百歳で、名前は長野県富士見町の地区「乙事」から取られているにゃ。