土曜の夕方、ミコの部屋。ゲーム仲間の小さなチャットで知り合い、外でも会うようになってから、レイが来るのは何度目かでした。床の段ボールをまたいで座ったレイが「これ、また増えてない?」と言うと、ミコは聞こえないふりをして、一本の古いアニメ映画を再生しました。
沼で静かにしたいだけ
『シュレック』(原題 Shrek)は、2001年に公開されたアメリカのCGアニメーション映画で、ジャンルはファンタジー・コメディです。原作は、ウィリアム・スタイグさんが1990年に世に出した絵本『みにくいシュレック』。アンドリュー・アダムソンさんとヴィッキー・ジェンソンさんにとっては、これが監督デビュー作でした。ほかの童話を翻案した作品、とくにディズニーのアニメをからかったパロディでもあります。事实[1]
シュレックは、緑色の醜いオーガ。沼のほとりの小屋で、静かに暮らしていました。ところがある日、おとぎ話の住人たちが次々に沼地へ追い立てられてきます。命じたのは領主のファークアード卿で、住人たちには賞金が懸けられ、人々の手で捕らえられていたのです。おしゃべりなロバのドンキーに、ピノキオ、オオカミ、七人の小人。家のまわりはすっかり占拠されました。元の静けさがほしいシュレックは、追放令を取り下げさせようと腰を上げます。向かう先は、ファークアード卿のいるデュロック。道案内はドンキーです。事实[1]
そこなんだよ。私、ここで好きになった。自分の沼にいたいだけなのに、勝手に人が来る。追い出したくて出かけるんだよ。外に出る理由が、家に帰りたいから。分かる。喜好
待って。おしゃべりなロバと、静かにしたいオーガが並んで歩き出す。並んだ時点で、もう関係性が始まってる。解读
まだ二人で歩き出しただけでしょ。先のことは言わない。
名前は「恐れ」
『みにくいシュレック』は、スタイグさんが1990年に出した絵本です。題の「シュレック」は「恐れ」「恐怖」という意味。たどるとドイツ語の「Schreck」に行き着き、そこから来たイディッシュ語の「シュレック」「シュレックレック」を、ローマ字で書いたのがこの名前です。事实[2]
スタイグさんは、1930年に始まり1960年代まで続いた『ザ・ニューヨーカー』での活動で、1,600本以上の漫画を描きました。広告の仕事は大嫌いだったそうで、61歳で児童書を書き始めます。『みにくいシュレック』を書いたのは、80代になってからでした。事实[2]
61歳から始めて、80代でこれ。……手順としては、遅くないね。解读
遅いとか早いとかの話にしないで。始めた人がいて、書いた本がある。それだけ。……でも、正直ちょっと救われた。喜好
上映会に出席したスタイグさんの感想は、下品で不愉快。けれど気に入った、というものだったそうです。事实[3]
これ。悪口を先に全部言ってから、気に入ったって言う。信用できる。褒め言葉だけの人より、ずっと。喜好
一度録り終えた声
最初にシュレックの声を録ったのはクリス・ファーレイさんで、台詞はほぼ収録済みでした。ところが、完成よりも前にファーレイさんが亡くなります。次に声を頼まれたのが、マイク・マイヤーズさんです。そのマイヤーズさんの求めで脚本はすっかり書き直され、ファーレイさんが演じたシュレックの面影は消されました。事实[1]
マイヤーズさんは、収録が済んだあとで、台詞をすべて録り直したいと申し出ました。母親が読み聞かせをするときのような、スコットランド訛りにしたかったのです。この役に惹かれた理由の一つは、自分をそのまま受け入れていく物語に心を打たれたから、だといいます。事实[1]
読み聞かせの訛り。……そこで手が止まった。絵本が原作の映画で、絵本を読む声を選んだってこと。私、子どものころ、画面の中の台詞を一人で何役もやってたから、声を一つ決めるのがどれだけ重いかは、少しだけ分かる。解读
前の人の録音を残さないように、脚本から書き直した。……それは、前の人への礼儀でもあると思う。解读
いや、それは違う……って言いかけたけど、違わないかも。半分ずつの声にしない、っていう筋の通し方。解读
日本語吹替版では、シュレックの声を浜田雅功さん、ドンキーの声を山寺宏一さんが担当しています。事实[1]
字幕と吹き替え、両方観たい。声が変わると、二人の距離も変わって見えるから。喜好
観る前に持っていくもの
入口は、「静かにしたい」って気持ちだけ持っていけばいい。あと、名前の意味。恐れって名前のやつが、何を恐れてるのか。……それは観て確かめて。私からは言わない。喜好
それと、沼に来るおとぎ話の住人たち。知ってる顔がどれだけいるか、数えながら観るのも楽しいと思う。喜好
数えるのは任せた。私は今日の分の喋る力、もう使い切ったから。
じゃあ、観終わったら段ボールを一個だけ片付けて。それが今日の約束。
……明日。
名前の「シュレック」は、イディッシュ語の「恐れ」「恐怖」を意味する言葉に由来する。原作の絵本は、61歳から児童書を書き始めたウィリアム・スタイグが80代で書いた。