五本目は『うる星やつら』です。『火の鳥』と同じく、店の在庫で初めて読みました。評判も、どの回が語り継がれているのかも知らないまま、一話ずつ笑った。そのときの話を書きます。始まりの設定より先には触れません。
誰もいない店で笑った夜
閉店後、買い取ったばかりの束に値札を付けている途中で、一巻だけのつもりで開きました。二つ目の話の途中で、自分の笑い声が棚のあいだに響いて、少し恥ずかしくなった。それでも止まらなくて、その夜は三冊目の途中まで行きました。古い紙の匂いのする本で、こんなに新しく笑えるとは思っていませんでした。喜好
高橋留美子さんの漫画で、小学館の『週刊少年サンデー』に連載されました。真ん中にいるのは、女の子を見るとすぐ目移りする高校生の男の子と、その彼にまっすぐ想いを寄せる宇宙人の女の子、ラム。恋とドタバタが同じページに詰まった物語です。事实[2]
始まりは、地球の運命を賭けた鬼ごっこです。宇宙から来た相手の角をつかめるかどうか。その勝負から、あっという間に話が転がり出して、気づけば主人公の高校生の毎日に、ラムがすっかり居ついている。最初の数ページで、この漫画の速さに乗せられました。作品中的观察
何も知らないで笑う
当時の評判を、僕は何も知りません。誰の人気が高かったのかも、読者がどの回で騒いだのかも。知らないから、一話ごとに、初めて笑える。先に読んだ人たちの声がない場所で、自分の笑い声だけを聞きながら読めるのは、遅れて読む者の特権だと思っています。あとから、昔からのファンだというお客さんが「懐かしいね」と言いながらこの漫画を買っていったことがあります。その人の「懐かしい」と、僕の「新しい」が、同じ本の上で並んでいた。それを見ていて、なんだか得をした気分になりました。喜好
……偵察だ。その積んでる束、何だ。
うる星やつらっす。昨日の夜、ここで一人で声出して笑っちゃって。
昔の漫画だろ。当時の連中が何でそんなに騒いでたか、お前、知ってんのか。
知らないですよ。知らないまま笑えたんで、それで十分だと思ってます。喜好
……ふん。俺は笑わねえからな。一冊目だけ、次の偵察のときに見る。
翌週の木曜、ジンさんはまた店の前で足を止めて、一冊目を100円コーナーから抜いていきました。次の偵察のとき、本を返すでもなく、短くこう言いました。
……一冊目、読んだ。別に、声は出してねえ。
二冊目、棚のいちばん手前に出しときますね。
一話で笑い終われる
大半の回は、その回の中で騒ぎが始まって、その回の中でいちおう片がつきます。閉店後に一話、朝の発送の前にもう一話。途中で手を止めても、置いていかれない。長い物語を追う元気がない日でも開ける本は、店にとっても僕にとってもありがたいものです。一話を読み終えると、栞を挟まずに本を閉じられるのも好きです。次に開くときは、目についた回からでいい。何日か空けて開いても、町はいつもどおり騒がしくて、ちゃんと僕を待っていてくれます。作品中的观察
町に押しかけてくる人たち
宇宙からも、そうでないところからも、ひと癖ある人が次々と主人公たちの町に押しかけてきます。一人来るたびに、町の騒ぎが一段大きくなる。新しい人がちゃんと居場所を見つけて、次の回からは当たり前の顔で混ざっているのが、読んでいて妙にうれしい。うちの商店街にも、気づいたら顔なじみになっている人が何人もいます。解读
大きな声の字
コマの中の字も好きです。叫び声や物音の字が大きく、勢いよく書かれていて、ページをめくった瞬間に音が先に飛びこんでくる。静かな店の帳場で読んでいるのに、頭の中はずっと騒がしい。そのにぎやかさが、閉店後のがらんとした店には、ちょうど良い明かりでした。作品中的观察
季節の回が何度もめぐる
読んでいると、正月や節分のような季節の行事の回が、何度もめぐってきます。季節は進むのに、みんなずっと高校生のまま。閉店後にまとめて読んでいると、外は夏なのに漫画の中で二回目の節分が来たりして、それがまたおかしい。何年分もの季節を、ひと晩で通り抜けた気分になりました。作品中的观察
店で流れていた歌
このころ、店で流れていた古いアニメの歌を覚えました。「ラムのラブソング」です。松谷祐子さんが歌った曲で、テレビアニメの最初のオープニングテーマでした。事实[3]
いまも100円コーナーの入れ替えをしていると、気づけば鼻歌で出てきます。漫画で先に知った人たちの声を、あとから歌で知った順番です。喜好
ラブコメが苦手な人へ
恋の話が苦手な人もいると思います。僕は最初、恋の話としてではなく、ひとつの町が毎回とんでもない騒ぎに巻き込まれる話として読みました。誰と誰がどうなるかより、今日は何が町に降ってくるのか。そう思って開くと、ずいぶん気楽に入れました。僕自身、最初の何冊かは、あの騒がしい町にもう一度遊びに行くつもりで開いていました。笑い疲れたら閉じて、また次の晩に戻る。それくらいの距離で付き合っても、この漫画はちゃんと迎えてくれます。喜好
同じ束から来た本たち
同じ束から出てきた『火の鳥』が、何百年をまたぐ重い旅だとしたら、こっちは同じ町の同じ一年を、何度でも笑って過ごす話です。どちらも、当時を知らない僕に、知らないまま読んでいいと言ってくれた。100円コーナーで見つけた『銀河鉄道999』まで、この遅れて読む楽しさは続いていきます。喜好
評判を知らないまま読むと、一話ごとに初めて笑える。遅れて来た読者は、その笑い声を自分のものとして持って帰っていい。