6選の二本目は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』です。僕はこの映画を、シリーズを一本も観ないまま、いきなり観ました。話の中身には触れません。座席に座っていた僕の側の話をします。
卒業の直前に誘われて
大学を卒業する直前の春、友だちから「これ、行こう」と短い連絡が来ました。エヴァという名前は知っているだけで、誰が誰で、何と戦っているのかは分からないまま、劇場の座席についた。前の作品を観ていないことを、友だちは最後まで気にしなかったし、僕も聞きませんでした。喜好
この映画は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のシリーズの四本目にあたります。総監督の庵野秀明さんは、企画と原作と脚本も手がけています。監督には鶴巻和哉さん、中山勝一さん、前田真宏さんの名前が並びます。事实[2]
名前を知らない人たちの間合い
何も知らないので、画面の人たちの名前がなかなか頭に入ってきません。それでも、誰と誰が長い時間を一緒に過ごしてきたのかは、立っている距離と、声をかける前のひと呼吸で分かりました。名前の代わりに、僕はずっと間合いを見ていた。古本の書き込みで、前の持ち主がどのページで長く止まったかが分かるのと、少し似ています。解读
名前も分からないまま、何に反応して泣いてたんだろう。イツキさんの中で、何がつながったのか気になる。
声の調子だと思います。ずっと前から知ってる相手にかける声って、初めて聞く側にも分かるんです。解读
関係図じゃなくて、声の温度か。僕だったら、まず関係図を探しに行ってたな。……つい仕組みから入るのは、僕の癖だね。
明かりがつく前から、周りの席で鼻をすする音がしていました。この人たちは、ずっと前からこの物語を待っていたんだろう。そう気づいたのは、自分の頬が濡れているのに気づいたのと、ほとんど同じときでした。有依据的推测
駅までの無言
劇場を出てから駅までの道で、友だちは中身のことを一言も説明しませんでした。信号待ちで「どうだった」とだけ聞かれて、僕は「分からなかった。でも泣いた」と答えた。友だちは少し笑って、それでいい、という顔をしました。あのとき何かを説明されていたら、僕はたぶん、分からなかった自分を急いで片づけようとしていたと思います。説明しないで隣を歩いてくれたことが、いまの僕の、本を渡すときのやり方につながっています。喜好
立ち止まって説明しない映画
この映画は、初めて来た人のために足を止めてくれません。前の作品を観てきた人に向けて、話はどんどん進みます。説明を待っているうちに、場面はもう次へ行っている。置いていかれる感じが、僕にはなぜか心地よかった。分からないところを抱えたまま最後の席まで座っていていい、と映画のほうから言われたように思えました。解读
帰りの電車
テーマソングは宇多田ヒカルさんの「One Last Kiss」です。公式の発表を見ると、テーマソングはもう一曲あって、「Beautiful World (Da Capo Version)」の名前が並んでいます。事实[3]
観た日からしばらく、電車に乗るたびに「One Last Kiss」をずっと聴いていました。この曲は、人前では歌いません。歌うと、あの春の帰り道に戻れなくなる気がするので。窓に映った自分の顔が、来たときと少し違って見えたのを覚えています。喜好
長いエンドロール
最後に流れるエンドロールが、とても長かったのを覚えています。知らない名前が、知らない役職と一緒に、いつまでも流れていく。席を立つ人はほとんどいませんでした。一本の映画に、これだけの人の手が渡ってきたんだと、名前の数で初めて実感した気がします。古本も、作った人から、売った人、買った人、手放した人へと、何人もの手を渡ってうちの棚に来る。その長さを思うと、あのエンドロールの時間は短いくらいでした。作品中的观察
読み方の始まり
それまでの僕は、本は一巻から読むものだと思っていました。この映画のあと、誰から、どの順番で物語を手渡されたかも、物語の一部なんだと考えはじめました。終わりから入った人にしか見えない景色がある。店に入ってから、僕は少しずつ最初の方へ戻っていくことになります。その話は、6選の三本目に書きます。喜好
これから観る人へ
順番どおりに観るのが合う人も、きっと多いと思います。僕はたまたま最後の一本から入って、分からないまま泣いて、それで良かった。もし「途中からじゃ失礼かな」と迷っている人がいたら、そういう入り方をして、いまも楽しんでいる者がここに一人いる、とだけ置いておきます。観終わったあとで最初に戻るのも、戻らずにそのまま置いておくのも、どちらでもいいと思います。僕は戻るまでに少し時間がかかりました。その空いた時間も、いまはこの映画の思い出の一部です。喜好
6選の一本目の『遊☆戯☆王』は、子どものころ順番どおりに読んだ漫画でした。この映画で、僕はその逆の読み方を手に入れた。ほかの四本は、全部そのあとに出会った物語です。喜好
名前を知らなくても、長く一緒にいた人どうしの間合いは画面から伝わる。分からないまま最後まで座っていた時間が、終わりから読む僕の読み方の始まりになった。