テレビアニメ『ちはやふる』を、第3期の最終話まで観た人に向けた二周目の話です。一周目は姉の隣で、札が飛ぶ瞬間ばかり追いかけていました。二周目は、目の置き場所を一人ぶんずらして、言いかけては黙る人の顔を追いました。日曜の昼、居間の家族のタブレットでアカリさんと通話しながら、台所の母にも少しだけ手伝ってもらって書きます。真ん中から先の話と最後のほうの話は、畳んであります。
二周目はだれの顔を追うか
一周目の私は、千早しか見ていなかった。札が読まれる前の千早の目、払ったあとの千早の手。主人公だから当たり前なんだけど、ずっと千早の顔の正面に座っているような観方だった。喜好
二周目は、その席から一つ横にずれてみた。千早の隣にいて、何か言いかけて、言わないで、別の話をする人。太一。そうやって座り直すと、同じ場面なのに、画面の端のほうが急ににぎやかになる。解读
太一ね。私、あの人見てるとじれったくなる。言えばいいのに。
言わないところがいいです。言わない時間が長いから、二周目で最初のほうの顔が全部ちがって見えます。
ふうん。じゃあ最初から行こ。私、稽古のあとだから、手短にね。
アカリさん、お昼は食べましたか。イトが長くなったら、遠慮なく止めてくださいね。
食べました。大盛りで。……止めるのは、たぶん無理です。
私、一周目は取る瞬間ばっかり見てた。剣道の一本と同じで、そこだけ巻き戻して観てた。
私も一周目はそっち側でした。二周目は、一日に一話ずつ、夏休みの昼に観ました。一話ごとに、太一の顔を一つだけクロッキー帳に描くって決めて。
一話に一つ? 全部の回で?
描けない回もありました。太一が画面に映らない回は、描けないから、空いてるページがあります。
空いてるページも、記録じゃん。
はい。空いてるページのほうが、なんだか長く見ていられます。
小学校の大会の日
最初のほうの、小学校のかるた大会。福井から来た転校生の新と、千早と、太一。一周目は、ここはただの「始まりの事件」だと思っていた。意地悪をした子が謝って、三人でかるたをするようになる。物語の入口によくある形。だから、早く高校の話にならないかな、くらいの気持ちで観ていた。喜好
中段为止小学校の大会の裏で(中盤の展開)点击展开
新が千早と仲よくなったのが面白くない太一は、大会のさなかに新の眼鏡を隠してしまう。眼鏡のない新に代わって、太一の相手は千早がつとめる。あとで太一は新に謝り、このことを千早には知られたくない、言わないでほしいと頼む。事实[1]
私は二周目、謝るところの太一の顔で一回止めました。目の前の新に謝っているのに、目がどこを向いているか。
私、そこは単純に怒る。試合の途中で相手の道具に手を出すの、いちばんダメ。礼が先でしょ。
怒っていいです。私も一周目は怒りました。二周目は、怒りながら、あの頼みごとのことを覚えておくことにしました。
覚えとくと、なんかあるの?
あると思いました。だいぶ先で。
太一のお母さんは、勝つことを何より大事にする人として出てくる。小学生の太一の背中には、いつもその声が乗っているように見える。二周目で観ると、太一がこのあとずっと、その声を捨てられないまま大きくなったように見えた。事实[1]
お母さまの言い方、母親の側からは、少し分かる気もするんです。負けて帰ってくる顔を見たくない、という気持ちは。
母ちゃんは、そういうとき何も言わないで、汁ものを一杯よそうでしょ。
あら。よく見ていますね。
その日の夜、クロッキー帳に小学生の太一を描いた。頭を下げているところ。前髪で目が隠れるから、描くときは、目を描かないで済む。描いてから気づいた。目を描かないと、この子が誰に向かって謝っているのか、絵の中では分からなくなる。だから私は、前髪の下の目の向きを、二周目でいちばん気にして観た。喜好
描いたの、あとで見せて。
……目のないやつですよ。
見ている人の席
高校でかるた部ができてから、二周目でいちばん忙しくなるのは目だった。試合の場面で、私は札じゃなくて、試合を見ている側の人を見ることにした。誰が誰の試合を見ていて、誰が誰を見ていないか。畳の上の一枚より、壁ぎわに並んで座っている人たちの首の向きのほうが、話を先に知っている気がした。解读
中段为止部長になる人(中盤の展開)点击展开
高校に入った千早がかるた部を立ち上げようとすると、はじめは気の進まなかった太一も、結局その中に引っぱりこまれる。太一は部長になり、勝てずに落ちこむ部員がいる大会では、部長としてチームを一つにまとめようとする。事实[1]
部長の太一は、試合のあいだ、ずっと部員の顔を見てます。自分の札より、まわりの顔。それを見るたびに、この人は自分のことだけは後回しにする人なんだと思いました。
世話を焼く人ほど、自分のお茶碗は最後によそうものです。
中段为止新しい部員(中盤の展開)点击展开
第2期のはじめ、かるた部には新入部員が来る。その一人の花野菫は、もともと太一が目当てで入部してきた子として描かれる。事实[6]
目当てで入ってくる子、道場にもいる。最初の一週間で、だいたい分かる。
菫ちゃんは、そこから残る子です。恋の話しかしない子に見えて、人が誰を見ているかは、いちばん早く気づく。
恋の話は無理。でも、気づくのが早いのは認める。
菫ちゃんは、最初は自分の目当てのことしか口にしない子として出てくる。一周目の私は、正直ちょっと苦手だった。二周目で見ると、この子はずっと、人が誰を見ているかを見ている。私と同じ係の人だ、と思った。そういう係の人は、気づいても、たいてい自分の得にはならない。それでも見てしまう。見てしまったら、どこかで言うか言わないかを決めなきゃいけなくなる。解读
结局·真相結末にふれます点击展开
第3期の終わりのほうで、菫は太一に自分の気持ちを伝える。そのうえで、先輩も自分の好きな人に気持ちを言ってください、と太一の背中を押す。事实[1]
菫ちゃんの場面は、畳んだところに書きました。私は、何回観ても、そこで手が止まります。
私も好き。筋が通ってる。
奏ちゃんの見ているもの
奏ちゃんは、歌の意味をいちばん知っている人。前に6選で書いたときは、好きなものを好きと言える人として書いた。二周目で気づいたのは、奏ちゃんが、歌と同じくらい、部室の人の顔もよく見ていることだった。解读
中段为止奏の夢(中盤の展開)点击展开
奏は、試合で歌を読む専任読手という役目にあこがれ、いつかそれを目指したいと考えるようになる。ただ、そのためにはまず自分がA級にならなければならない、という高い壁がある。事实[1]
中段为止奏が気づいていること(中盤の展開)点击展开
奏は、太一が千早をどう思っているかに早くから気づいていて、機会があるたびに、太一と千早が近づくように手を回す。事实[1]
気づいて、手を回すのか。言うんじゃなくて。
はい。奏ちゃんは、言わないで動かす人です。菫ちゃんは、また違うやり方をする人。同じことに気づいてるのに、動き方が違う。
それ、稽古の先輩と同じ。言葉で直す人と、黙って相手を組ませる人がいる。
奏ちゃんがいいなと思うのは、自分では札を取らない場面でも、歌の話をやめないところ。かるた部は勝つための部なのに、奏ちゃんだけは、ずっと歌そのものの話をしている。速さの話をしている部屋の中で、一人だけ、歌が作られた季節の話をしている。読む人になりたい子は、たぶん、聞く人の顔をいちばん知っている子でもあるんだと思う。解读
読む人は、聞く人の顔を見て、声の速さを変えるのでしょうね。台所でも、食べる人の顔を見てから、汁を足すかどうか決めますから。
千早の家の居間
私は五人きょうだいの四番目だから、千早の家の場面は人ごとじゃなかった。家族の目が、ほかのきょうだいのほうを向いている日。そういう日が、どの家にもある。うちでも、上の兄や姉の行事が重なる週は、夕飯の話題がずっとそっちになる。それがさびしいとかじゃなくて、ただ、自分の話をする順番が来ないまま一週間が終わることがある。千早の家の居間の場面は、その一週間の感じがよく出ていると思った。喜好
お母さまの顔、一周目の私は、少し苦手でした。二周目は、上の子のことで台所から出られない顔に見えました。
二周目、母ちゃんもいたんだ。
ええ。私はいつも、同じ回を初めてのように観ていますけれど。
中段为止姉の千歳(中盤の展開)点击展开
姉の千歳は、はじめは千早のかるたにあまり関心を向けない。それでも、千早が本気でかるたに打ちこむ姿を見るうちに、千歳の気持ちも少しずつ動いていく。事实[1]
うちにも、私の絵を見て、何も言わないで自分の机に戻っていく姉がいます。戻ったあと、だいたい何かを始めてる。
……うちの兄貴もそう。何も言わないで、次の日には何か変わってる。
中段为止家族が見ていたもの(中盤の展開)点击展开
全国大会を前に重圧を感じていた千早を元気づけるのは、思ってもいなかった人たちの応援だった。父は、千歳の記事をまとめるのと同じように、千早の大会の記事もちゃんと切り抜いて取っておいた。第2期では、母が千早のために着物を用意する。事实[1]
畳んだところのお父さま、うちの人とは正反対の方でした。うちの人は、思ったことを全部、先に泣きながら言ってしまいますから。
父ちゃんは集めない。全部しゃべる。
うちの父ちゃんは、思ったことが声の大きさで全部出る。母ちゃんは、思ったことを台所の手つきで出す。千早の家は、どっちとも違って、思っていることが机の引き出しにしまってある家だった。家によって、気持ちのしまい場所が違う。二周目でそれに気づいてから、ほかの登場人物の家も、どこに何をしまっているのか気になりはじめた。解读
私が家族の顔で一回止めたのは、最初の小学校の大会の日に、家族が千早のほうを見ていない場面。そこで顔を覚えておくと、あとで畳んだ場面に来たとき、その顔の重さが変わって見えた。言わないで見ている人は、かるた部の中だけにいるわけじゃなかった。解读
白いたすき
詩暢ちゃんは、一人で強くなった人として出てくる。一周目の私は、こわい人だと思っていた。千早のことを笑うし、服はちょっと変だし、試合では一枚も取らせないって顔をする。二周目に見ると、詩暢ちゃんは「友だち」という言葉が出そうになるたびに、自分でそれを引っこめる人だった。解读
中段为止詩暢の小さいころ(中盤の展開)点击展开
詩暢は小さいころ、強くなるためにと、かるた会でほかの子どもたちから離されて育った。同じ年ごろの友だちがいないまま、一人で札と向き合って強くなっていく。事实[1]
一人で強くなった人が、誰かから何かを受け取る場面があります。私は、そこに来るまでの詩暢ちゃんの横顔を、全部覚えておきたいと思いました。
结局·真相結末にふれます点击展开
クイーン戦で、詩暢は挑戦者に一試合を取られ、ひどく動揺する。そこへ、会場に来ていた千早が、手持ちの布で急いでたすきをこしらえて、詩暢を送り出す。詩暢はそのあと接戦をものにして、クイーンの座を守る。事实[1]
畳んだとこ、かっこいい。道場でも、相手の帯がほどけてたら、組手を止めて結び直すまで待つ。
急いで、手元にあるものでこしらえる。そういうものほど、渡された人は長く使うものです。上等な品より、間に合わせのほうが、ずっと残ることがあります。
ここは、二人ともほとんど何も言わないのに、ちゃんと通じる場面です。言わないのがうまくいくほうの例。
言わないのがうまくいくときと、ダメなときがあるってこと?
はい。この作品、両方あります。だから二周目が忙しい。
詩暢ちゃんの場面で、二周目にもう一つ気になったのは手元。かるたの試合は、着物の袖が札の上を通る。袖が重いと、手が一拍遅れる。一周目は着物をきれいだなと思って観ていただけだったのに、二周目は、誰が何を身につけて畳に座っているかが、全部その人の今の気持ちに見えてきた。解读
遠くにいる新
新は、ずっと遠くにいる人。福井と東京で、会えるのはだいたい大会の日だけ。一周目の私は、新が何を考えているのか、ほとんど分からないまま観ていた。二周目は、新の黙り方を、太一の黙り方と並べて観た。解读
中段为止小学校の終わりの約束(中盤の展開)点击展开
小学校を卒業するとき、新は福井へ帰ることになる。三人は、かるたさえやめなければいつかまた会える、と約束して離ればなれになる。事实[1]
約束して別れるの、いいじゃん。稽古も、また来週って言って終わる。
いいです。でも二周目だと、その約束を、三人がそれぞれ違う重さで持って帰ったように見えました。太一は、あの日、新に頼みごとをしたままだったから。
中段为止新が離れていた理由(中盤の展開)点击展开
高校生になった千早と太一が福井まで訪ねていくと、新はかるたをやめていた。大好きだった祖父が亡くなった日が、新がA級に上がる大会に出ていた日と重なってしまったことが、そのきっかけだった。事实[1]
新は、言わない人というより、言えなくなった人なんだと思う。二周目は、黙っているあいだに新が何を抱えていたかを知ったうえで、福井の場面を観る。同じ黙り方なのに、太一の黙り方とは中身がまるで違う。解读
中段为止祖父のかるた(中盤の展開)点击展开
第3期、名人への挑戦者を決める試合で、新は相手のペースに振り回される。そこで千早の言葉をきっかけに、永世名人だった祖父のかるたを思い出し、試合の流れを自分のほうへ引き戻していく。事实[15]
おじいさまの取り方が、新さんの手の中にちゃんと残っていたんですね。台所でも、祖母に教わった手つきは、体のほうが先に覚えています。
言葉をかけたのは千早で、取ったのは新の手で、取り方はおじいちゃんの。一枚の札に三人いるみたいでした。
结局·真相結末にふれます点击展开
第2期の終わり、高校選手権の個人戦A級の決勝は、新とクイーンの若宮詩暢の試合になる。新は、最強と言われる詩暢を破って優勝する。事实[8]
结局·真相結末にふれます点击展开
名人の挑戦者を決める試合で、新は原田先生に敗れる。思い入れの強い札にこだわりすぎたことを悔やんだあと、新は千早に気持ちを伝える。千早は返事ができないまま、試験勉強にも身が入らなくなる。事实[1]
新の場面、私は稽古の帰りに、もう一回観る。
はい。新の黙り方は、太一とは別の重さがあるので、並べて観ると面白いです。
太一の顔をもう一度
ここからは、小学校の大会の日に一回止めた太一の顔を、ずっと頭のすみに置いたまま観た。一周目の私は、第3期の後半を、ただびっくりして観ていた。二周目は、びっくりする前に、小学校の大会の日の顔がちらちら重なって、観ていて落ち着かなかった。解读
中段为止修学旅行の日(中盤の展開)点击展开
第3期の前半、千早は、将来は先生になりたいという気持ちから、クイーン戦の予選に出ないで修学旅行に行くことを選ぶ。同じころ、太一は千早に言わないまま、名人戦の予選に出ている。旅行先の千早は、太一の試合が気になって上の空になる。事实[19]
言わないで出るの、ずるくない?
ずるいかどうかは、私も決めてないです。でも、小学校の大会の日に止めた顔を思い出しました。あの日も、太一は千早に言わない側でした。
言わないでいるのも、言うのと同じくらい、力のいることですよ。
中段为止名人との練習の日(中盤の展開)点击展开
第3期、千早と太一は、名人の周防と練習で手合わせする機会を得る。千早は、周防の冷たい態度と、クイーンにはなれないという言葉にひどく傷つく。事实[14]
そういう言い方する人、いちばん嫌い。説明しないで決めつけるの。
私も。でも、そのあとの太一の顔は、私は一周目より長く見ました。
结局·真相結末にふれます点击展开
名人戦・クイーン戦のあと、太一は東京に戻らず、一人で別の大会に出ることを決める。前にも一度あった太一の抜けがけで、どうして太一はいつも何も教えてくれないのか、と千早は悩む。事实[11]
结局·真相結末にふれます点击展开
第3期の終わりで、太一は胸の奥にずっと置いていた気持ちを、とうとう千早に打ち明ける。千早はそれを受け取ることができない。太一は部に来なくなり、千早は、長いあいだそばにいた人の気持ちに気づかなかった自分を責めて、畳の前に座っても札を払えなくなる。事实[12]
结局·真相結末にふれます点击展开
小学校の大会の日、太一は千早に知られたくないことを、千早には言わないでほしいと新に頼んだ。第3期の後半では、太一が何も言わずに一人で動き、千早は、どうして教えてくれないのかと悩む。二周目の私には、この二つが同じ人の同じ癖に見えた。そして最後に、その人が、いちばん言わずにきたことを自分の口で言う。解读
……畳んだとこ、私はやっぱり、じれったい。
じれったいです。……見てた? 頭を下げたときの太一。
見てた。あれ、謝ってる顔っていうより、こわがってる顔でしょ。
はい。私は二周目、何回もあの顔に戻ってきました。
第3期の終わりの場面を、私はクロッキー帳には描いていない。描こうとして、やめた。描くと、自分が勝手に何か言ってしまう気がしたから。その代わりに、小学校の大会で頭を下げている太一の絵の隣のページを、空けたままにしてある。空いているページがあるほうが、この作品らしい気がする。喜好
言わないで黙っている人は、何もしていないように見えて、ずっと気を張っているものです。台所で帰りを待つ人と、少し同じところがあります。
動く前と動いたあと
最後に、アカリさんとずっとかみ合わなかった話。速さの話。
中段为止原田先生の言葉(中盤の展開)点击展开
第1期の後半、速さが持ち味の千早に、原田先生は、速く取るのをやめなさいと言う。千早はそこで、自分のかるたと向き合い直す。事实[1]
それ、私が言われたら、なんで?って三回聞く。
千早も最初は、そういう顔をしてました。
でも、説明してもらえたらやる。先生が理由を言ってくれるなら。
中段为止A級への近道(中盤の展開)点击展开
A級に上がる近道が目の前にあっても、太一はそれを選ばない。逃げない人になりたい、という理由で。事实[1]
それは好き。近道を断る人、道場にもいる。そういう人が、いちばん最後まで残る。
近道を断るのは言えるのに、自分の気持ちは言わない。太一の中で、そこだけずっと逆なんです。
太一のほうは、速さじゃなくて、運の話がついて回る人として描かれる。肝心なところで、札の運が向こうに行くことが多い。一周目の私は、それをちょっとかわいそうな設定だと思っていた。作品中的观察
中段为止団体戦の決勝の最後の一枚(中盤の展開)点击展开
第2期の全国大会の団体戦の決勝は、最後に運命戦までもつれこむ。そこで瑞沢の側の札が読まれ、瑞沢高校が優勝する。事实[1]
ずっと待ってた人のところに、札が来る。私、あそこの太一の顔を、三回止めて描きました。
見たい。待ってた人が取る一枚、いちばん重いから。
中段为止個人戦のB級(中盤の展開)点击展开
第2期の終わり、太一は高校選手権の個人戦B級で優勝し、A級に上がる。千早はそれを、自分のことのように喜ぶ。事实[18]
千早が自分のことみたいに喜ぶ顔を、太一がどんな顔で見ていたか。私はそこを止めて描きました。描いてみたら、私の絵では、うれしいのに少しだけ困った顔になりました。
結局、私は動いたほうが勝ちだと思う。千早は動くのが速いから、あそこまで行けた。
千早はそうです。でも太一は、動く前のコマがいちばん長い人なんです。
動く前が長い人の試合、見てて疲れる。
疲れます。でも、その疲れ方が好きです。札が読まれる前の一秒が、太一だけ一年くらいある感じ。
一年は言いすぎ。……でも、言いたいことは分かる。
アカリさんは、動いた人の一歩目を見る。私は、動く前の顔を見る。同じ場面を観ているのに、二人で見ている場所が半分ずれている。どっちが正しいかは決めなくていいと思った。千早と太一と新も、三人とも違う場所を見ながら、同じ一枚を待っていたから。解读
二周目に最初に見るところ
私の二周目は、第1期のはじめの小学校の大会から始めた。太一が頭を下げる場面で、一回止めた。顔の向きと、口の形を見た。そのあとは飛ばさずに、順番に観た。菫ちゃんが入ってくる春、奏ちゃんの夢、千早の家の居間、白いたすきを通るたびに、言わない人と言う人の顔が入れ替わった。私はそれを、クロッキー帳に一つずつ描きながら観た。 私は一周目、姉の隣で千早の正面の席に座って最後まで観た。その一周目があったから、横にずれた二周目で、景色の違いがよく分かった気がする。喜好
一周目と二周目のあいだで変わったのは、作品じゃなくて、私の座る場所だけ。それでも、座る場所を一つずらすと、同じ三期ぶんの話が、ほとんど別の話になる。三周目は、たぶん奏ちゃんの席に座ってみると思う。歌の意味を知っている人の耳で、読まれる前の一秒を聞いてみたい。喜好
三周目のときは、私も最初から座りますね。今度は、同じ回を初めてのようにではなく。
母ちゃんは、たぶんまた初めてのように観ると思う。
じゃあ私も、来週の稽古の前に、最初の大会のとこだけ観る。止めたとこ、あとで教えて。
私の二周目は、第1期のはじめの小学校の大会から。頭を下げる太一の顔で一回止めて、その顔を覚えたまま先へ進むと、太一が黙っている場面が全部ちがって見えた。