模擬授業の終わった教室で、学生スタッフの腕章をつけたソウマが、集めたアンケートの角をそろえていた。最後の一枚を出しに来たのは、黒髪をマッシュにした、控えめな男子だった。
どうも。……ハヤテさん。もしかして、カートの。
はい。……あの、どこかでお会いしましたか。
アカリの兄です。家で、動画を見せられました。
アカリの、お兄さん。……似てないって、言われませんか。
毎日言われてます。
廊下から、長机を二台まとめて肩にかついだ角刈りの男が入ってきた。見学の高校生たちが、すっと壁ぎわに寄った。
ソウマ。机は、これで全部。
ありがとうございます。ゴウさん、こちらハヤテさんです。
ゴウは机を下ろし、ハヤテの顔を一秒だけ見た。
……竜山先生の道場の名簿に、その名前が残っている。
……すみません。小学生のとき、すぐやめてしまって。
責めていない。車のほうは続いている、と先生から聞いた。
ハヤテの肩から、少しだけ力が抜けた。工学部の説明会まで、まだ一時間ある。三人は、見学の人にも開いている学食へ移った。
ゴウは黒い缶コーヒー、ソウマは紙パックの紅茶、ハヤテは水。残っているのは、見学帰りの親子づれが二組だけだった。
さっきの授業、空いていた教室にそのまま入ったんです。物語の人物の型、という話で。先生が黒板に、ツンデレとデレツンを並べて書いたんですけど……あれ、何が違うんですか。
順番です。
順番、ですか。
ツンが先で、デレが後。最初は冷たくて、あとから甘くなるからツンデレ。デレツンはその逆。名前の中に、時間の流れが入ってるんです。
言葉の並びで、筋が決まるのか。
型の名前は、だいたいそうです。わかりやすいのは、とらドラ!の逢坂大河。誰にでも噛みつくから、あだ名が手乗りタイガー。なのに本当はドジで、好きな人の前だと引っこみ思案。[1]
テレビアニメは2008年10月から2009年3月まで放送
外から見える順番と、中身の順番が逆なんですね。
ツンは鎧で、デレは中身。鎧が厚いほど、脱いだときの一言が届く。
言ってから、ソウマは紅茶のストローを噛んだ。少し言い回しがきれいすぎた、という顔だった。
先生が挙げていたほかの型も、聞いていいですか。従順、姉御、妹系、天然、お嬢様系、幸薄系。メモはしたんですけど、意味が半分しか分からなくて。
一つずつ片づけるか。
片づく話じゃないです。……まあ、時間はありますけど。
従順は、俺は選ばない。従う人物が悪いのではない。自分の持ち場を、自分で決めている者のほうに目がいく。
従順な人は、組織を回すならいちばん要るんですけどね。帝国をつくるなら、まず――
帝国、ですか。
……何も言ってないです。
俺は、姉御だ。
面倒見がよくて、強い人、ですか。
鋼の錬金術師の、イズミ・カーティス。弟子入りを頼みこんだエルリック兄弟に、錬金術を教えた師匠だ。修行は容赦がない。錬金術だけでなく、体術も叩きこむ。[3]
ふだんは、夫と二人で精肉店をやっている。肉屋の店先に立つ師匠。[3]
ゴウさん。それ、タイプじゃなくて、師範の話になってません?
ゴウは缶コーヒーを一口飲み、窓の外の銀杏を見た。答えなかった。
竜山先生も、怒るとこわいってアカリが言ってました。
こわいのではない。正しいだけだ。
同じ顔で言われると、反論しにくいです。
僕は、型の名前が分からないんですけど……紅の豚の、フィオです。
フィオ、か。
乗り手を信じて、図面を引ける人。カートでいうと、ピットで何も言わずにタイヤの空気圧を見てくれる人です。
それ、型でいうと何でしょう。姉御じゃない。妹でもない。
職人だ。
職人、でいいんでしょうか。
先生の一覧に、職人はなかったです。
なら、一覧のほうが足りない。
ハヤテはメモの端に、小さく「職人」と書き足した。それから、次の行を指でなぞった。
天然、っていうのは……天然ゴムの、天然ですか。
……違います。
違うのか。
ゴウさんまで。計算していないのに、ちょっとずれたことを言って、まわりの空気をゆるめる人のことです。
あ、それなら分かります。タイヤも、天然ゴムが多いと路面への食いつき方が変わって、温まるまでの周回の組み立てから――
……いえ。タイヤの話は、いまはいいです。
いまのが、天然です。
……ああ。
お嬢様系は、どういう人ですか。
かぐや様は告らせたい。名門校の生徒会で、副会長の四宮かぐやと会長の白銀御行は、お互いに惹かれてる。でもプライドが高すぎて、自分からは言えない。先に告白したほうが負けだと思ってる。[7]
かぐやは、巨大な財閥のお嬢様。そのお嬢様が、相手に言わせるために一手ずつ罠を置く。恋の話なのに、構成が詰将棋みたいで、そこが好きです。[8]
つまり、ソウマは頭脳戦が好きなだけだ。
……否定はしません。
妹系は……。
家に本物が一人いるので、分類できません。
筋は通っている。
最後の、幸薄系は。
歌によく出てくる人です。言いそびれた気持ちの、置き場所がない人。高校のころ、そういう歌ばかり聴いてました。
幸が薄いなら、隣で守る理由になる。
それ、タイプの話というより、心配の話になっていませんか。
……そうか。
ハヤテのメモは、型の名前の横に、三人の答えが少しずつ書きこまれて、もう余白がなくなっていた。
ソウマさんのタイプは、結局どれなんですか。
……別に。ないです。
さっきの先生、最後に、中二病のキャラも一つの型になってきた、って言ってました。
ソウマの手が、紅茶のパックを持ったまま止まった。
中二病でも恋がしたい!の小鳥遊六花。主人公の勇太は、中二病だった過去を封印して高校に入ったのに、同じ学年の六花は現役で、右目に眼帯をして、自分には邪王真眼があると言い張ってる。[9]
テレビアニメの第1期は2012年10月から12月まで放送
詳しいな。
見てると、昔の自分のノートの字が浮かぶんです。タイプとかじゃなくて。それ以上は、封印してあります。
……結局、三人とも、女の子の性格の話をしていない気がします。
師範と、職人と、頭脳戦。……してないですね。
収穫はあった。先生の一覧が、足りないと分かった。
ハヤテは立ち上がると、目を閉じて、頭の中で工学部の建物までの道を一度だけなぞった。信号は二つ。
今日は、ありがとうございました。説明会、行ってきます。
アンケートの最後の欄、まだ空いてますよ。今日いちばん印象に残ったこと。
ハヤテはペンを取り、少し考えてから、一行だけ書いた。ソウマは受け取ると、読まずに束のいちばん上に重ねた。横にいたゴウにだけ、その一行が見えてしまった。
タイプの話は、結論が出ない。……そう書いてある。
読まないでください。回収するのは俺なんで。