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テーブルの上に、ノアがいつも持ってくる一冊と、リリィの「説明できないことノート」と、まだ誰も手をつけていないプリンが三つ。ルカーノは店に入るなり、窓ぎわの古いランプを五秒ほど眺めてから席に着いた。
やあ、お待たせ。リリィさん、そのしおり、葉っぱの形なんだね。いい色だ。
ありがとうございます。押し葉で作ったんです。……今日は、ジブリの問題を出し合う会、なんですよね?
そう。ルールは一つだけ。正解したら、出した人がその作品の好きなところを一言。点数はつけない。
じゃあ、私から出してもいいですか。ノートに書いてきたので。
トトロのぬいぐるみはいつ生まれた
トトロのぬいぐるみって、映画と一緒に売り出すつもりで作られたと思いますか? それとも、あとから?
あれだけ形がかわいいんだ、最初から決まっていたんじゃないかな。
あとから、に一票。問題になるくらいだから。
正解
あとから。映画が公開されてから二年ほどたって、ようやく商品になった。最初から映画と組み合わせて売る計画ではなく、ぬいぐるみの会社の人が「これはぬいぐるみにするべきだ」と惚れこんで、ジブリに何度も働きかけて実現したもの。ジブリの会社のマークにトトロが使われるようになったのも、このあとのこと。[1]
えっ、そうなのかい? 誰か一人が惚れこんだところから始まったんだ。……それは、いい話だなあ。
あのマークの由来まで入ってた。得した気分。
私がトトロで好きなのは、バス停で傘を貸す場面の、雨の音です。大きなものが、小さなことでびっくりするところ。
あの主人公の声は誰
じゃあ次、私。『風立ちぬ』で、主人公の堀越二郎の声を演じたのは誰でしょう。ヒントは、名前を聞くと、たぶん驚く人。
驚く人……ということは、声のお仕事の人じゃないんですよね。俳優さん?
僕は歌手に賭けよう。
正解
庵野秀明さん。主人公の声を担当したのは庵野さんで、主題歌は松任谷由実さんの「ひこうき雲」。[2]
えっ、庵野さん? その名前、別のアニメのほうで見たことがあります。
歌手は主題歌のほうだったか。半分だけ当たり、ということにしてくれないかな。
だめ。……私があの映画で好きなのは、言葉が少ないところ。夢の場面と現実の場面のあいだで、ほとんど説明しない。だから観る人の国や言葉によって、受け取り方が変わる余地が残ってる。
床下の家の壁紙
僕の番だね。『借りぐらしのアリエッティ』の、小人の一家が住んでいる床下の家。あの家の壁紙には、何が使われているでしょう。
葉っぱ……は、すぐ乾いちゃうから違いますね。布の切れはし?
新聞。
正解
包装紙や、紙の切り抜き。家の中は切手やボタンで飾られていて、人間の暮らしの小物が、そのまま家具や飾りになっている。[3]
あ、包装紙か。新聞は惜しかった。
切手が飾りになってるの、絵として壁にかけてあるってことですよね。……いいなあ。
そこなんだ。人間には捨てるはずの紙一枚が、小人には大きな絵になる。僕はあの家を観るたびに、自分の店の包装紙を、もう少しきれいにしようと思うんだよ。
借りぐらしという言葉
続けてアリエッティで、いいですか。「借りぐらし」っていう設定を、いまの時代に合うと言って持ち出したのは誰でしょう。
監督の米林宏昌さん。
ふむ。僕はその逆を張って、宮崎駿さん。
正解
宮崎駿監督。ものを大量に使っては捨てる時代だからこそ「借りぐらし」が今にぴったりだ、という考えからの発案だった。宮崎監督は企画と脚本を担当し、監督には米林宏昌さんが起用された。[1]
えっ、そうなんだ。監督の名前で決めつけちゃった。
私がアリエッティで好きなのは、借りに行く夜の身じたくです。まち針を腰に差したりして。魔法じゃなくて、工夫で冒険する話なんです。
トトロと同じ日に始まった映画
トトロに戻るね。『となりのトトロ』は、ある映画と二本立てで公開された。その相手は?
これは知ってるよ。『火垂るの墓』だね。
じゃあ追加で。宮崎駿さんの映画と高畑勲さんの映画が同時に公開されたのは、このほかに何回あったでしょう。
……そう来たか。三回くらい?
正解
相手は『火垂るの墓』。つまり二本の長編を並行して作り、同時にスクリーンにかけたことになる。宮崎作品と高畑作品が同時に公開されたのは、あとにも先にも、このときの一回だけ。[1]
えっ、たった一回? 長編を二本、同じ時期に作っていたなんて、スタジオの中はどんな騒ぎだったんだろう。
1988年4月に2本立てで公開
私がトトロで好きなのは、田舎の家に越してきた最初の日の掃除。知らない家が、少しずつ自分たちの家になっていく。違う国に住み始めた最初の週と同じ気持ちになる。
絵コンテの色
では、手仕事の話をもう一つ。『風立ちぬ』の絵コンテ、宮崎さんは何色で描いたでしょう。
絵コンテって、鉛筆の白黒のイメージがあります。でも問題に出るなら……色がついてる?
青い鉛筆だけ、とか。
正解
カラー。『崖の上のポニョ』に続いて、『風立ちぬ』の絵コンテも色をつけて描かれた。本にまとめた絵コンテ全集も、全ページがカラーで収められている。[4]
えっ、全部ですか。あの長い映画の、最初から最後まで?
絵コンテ全集は607ページ、すべてカラー
そう。Bellissimo! 設計図の段階から、もう色で考えているんだ。僕があの映画で好きなのは、紙と布の質感だよ。図面を引く紙の白さ、上着の生地の重さ。服を作る人間には、たまらない映画なんだ。
ハウルの宣伝の言葉
『ハウルの動く城』のときに、ジブリが掲げた宣伝の言葉があるんだけど、それは何でしょう。ヒントは、少し変な言い方。
変な言い方……「観ないでください」?
それは困る。
正解
「宣伝をしない宣伝」。予告や紹介で中身を見せすぎると、観客が観た気になってしまうのでは、という考えから、本格的な宣伝を公開前のひと月に寄せ、地方を回るキャンペーンもやめた。[1]
えっ、そうなんですか。じゃあ、私の「観ないでください」も、ちょっと近かった……?
半分は近い。……私は子どものころ、映画を観たあとに原作の本を借りて、同じ人物が違う調子で話すのに驚いた。だから、知らずに映画館に入る楽しさは、よく分かる。ハウルで好きなのは、城の扉。色を合わせるだけで、行き先が変わる。
魔女の宅急便のころの給料
これは、ちょっと真面目な問題です。『魔女の宅急便』を作っていたころ、ジブリで働く人の収入は、ふつうの会社員と比べてどのくらいだったでしょう。
……それは、たぶん、良い答えじゃない気がする。
同じくらい、と言いたいけど、問題だから違うんだろうね。
正解
ふつうの勤め人の、およそ半分。当時のアニメの現場は、描いた枚数で払う出来高制が当たり前だった。宮崎監督はこのあと、スタッフを社員にして固定給にすること、新人を毎年採って育てることを提案した。[1]
半分か……。絵を描く人の手は、ちゃんと暮らしていけないと、続かないからね。
キキも、町に来てすぐのころ、お金のことで困りますよね。だから、作った人たちのこの話を読んだとき、ノートに書かずにいられなかったんです。私が魔女の宅急便でいちばん好きなのは、知らない町で、パン屋さんの店先から少しずつ自分の居場所をつくっていくところです。
マーニーの美術を任された人
ジブリの外の人なんだ。絵本?
舞台のセット、だと思います。
正解
実写映画。数多くの実写映画で美術を手がけてきた種田陽平さんが、美術監督を務めた。ちなみに『思い出のマーニー』は、宮崎駿さんの名前がクレジットに載っていない、初めてのジブリ作品でもある。[1]
えっ、実写の人が、アニメの湿地の屋敷を? 舞台と少し近かったかも。
宮崎さんの名前がない初めての作品、というほうに驚いた。
僕がマーニーで好きなのは、窓だよ。外から見た明かりのついた窓と、内側から見た夜の窓が、まるで違う部屋みたいに描いてある。実際に建てる人の目なんだ、あれは。
紅の豚のかたわらで
私、もう一問だけ。宮崎監督が『紅の豚』を作りながら、同時に自分で設計していたものは何でしょう。
飛行機の模型……いや、それなら問題にならないか。
家?
正解
ジブリの新しいスタジオ。宮崎監督は映画を作るかたわらで、図面を自分で引き、出来上がりの絵も描き、素材の見本も取り寄せて決めていった。映画と新スタジオは、ほとんど同じころに出来上がった。[1]
えっ、家どころじゃなかった。
映画を一本作りながら、建物を一つ。……僕は明日から、締め切りの前に寄り道するのを、少し控えようかな。
ジブリの人たちが毎日通う場所を、映画を作る人が自分で考えたんですね。紅の豚で好きなのは、飛行艇の修理をするところです。みんなで一機を組み直す場面は、ずっと見ていられて……あの、工場の人たちが全員それぞれ違う道具を持ってて、それぞれの持ち場があって、誰も見てないところのネジまで描いてあって……
……ごめん、続けていい?
もちろん。手の仕事の話なら、僕は夜まで聞けるよ。
最後は企画書の話
じゃあ、私が締める。『君たちはどう生きるか』の企画書が書かれたとき、宮崎監督は何を作っている最中だったでしょう。
前の長編の、続き……?
美術館のための何か、と見た。
正解
美術館のために作っていた短編『毛虫のボロ』。その制作のさなかに、企画書が書かれた。公開の前には中身をほとんど明かさず、宣伝もごく控えめだった。観る人に、何も知らない状態で向き合ってほしいという考えからだ。[5]
当たった! 小さな短編を作りながら、大きな映画のことを考えていたんだね。
企画書が書かれたのは2016年夏
私はあの映画を、ほとんど何も知らないまま観た。それがいちばんの思い出。だから好きなところは、言わないでおく。まっさらで観たい人の分を残しておきたいから。
……それ、ずるいけど、いいですね。
プリンは三つとも、いつのまにか空になっていた。リリィのノートには、新しく十一行。そのうち三行には、緑のペンで「こうだったらいいな」の印がついていた。
次は、ぜひ服と布の回にしよう。ジブリの服だけで十問は作れるよ。
そのときは、どの国の言葉で観たかも一緒に聞かせて。
じゃあ私、次までに調べておきます。分かったことと、そうだったらいいなを、ちゃんと分けて。