目錄
二本目は『86―エイティシックス―』のアニメ。きれいな建前と、泥だらけの本当のあいだに立ってる作品。あたしは作業部屋でこれを流しっぱなしにして、何周したか覚えてない。
流しっぱなしで覚えた声
出会いは、沼に戻ってからしばらくたったころ。休日、塗装ブースの前でマスクをして、横のタブレットで何かロボットものを流す、っていうのがあたしの定番になってて、その流れで再生した。最初は手を動かしながら耳で聞いてただけ。なのに、ある回で声の調子が変わった瞬間、気づいたら筆を置いて画面を巻き戻してた。喜好
あとから思うと、それがこの作品にぴったりの観かただった。声だけで、向こうにいる人の様子を想像する話だから。見えないものを、手元の小さな情報だけで組み立てる。模型で、資料の少ない機体の裏側を想像して作るときの感じに、ちょっと似てる。喜好
数に入れてもらえない子たち
サンマグノリア共和国は、隣のギアーデ帝国が送り込む自律型の無人兵器レギオンと戦ってる。共和国も無人機ジャガーノートを出して、誰も血を流さない戦争をしている、ということになってる。でも本当は、白系種じゃない人たちが「86」と呼ばれて人あつかいされず、その機体に乗せられて戦わされてる。事實[1]
86を差別する国のやり方に反対している士官のレーナは、ハンドラーとして、シンエイ・ノウゼンが率いるスピアヘッド戦隊を受け持つことになる。戦場から遠い部屋で、パラレイドという装置を通して、部隊とつながる。事實[1]
原作は安里アサトさんのライトノベル。アニメはA-1 Picturesの制作で、監督は石井俊匡さん。放送は前半と後半の二回に区切られてた。事實[2]
好きなところ1 汚れが無いことにされてる
まず刺さったのは、この国が汚れを無いことにしてるところ。無人の機械どうしが戦ってるだけ、っていう話にしておけば、誰の手も汚れない。でも機体の中には人がいて、その人たちの時間は泥と油にまみれてる。あたしは汚れってその子が通ってきた時間だと思ってるから、汚れを消すのは、時間ごと人を消すことに見えた。解讀
だからこの作品を観てると、画面の中の「きれい」と「汚い」が、いつもの意味から少しずれて見えてくる。きれいな側のほうが、なんだか落ち着かない。作品中的觀察
好きなところ2 声だけでつながる
レーナは、戦場を自分の目で見られない。届くのは声だけ。声の向こうで何が起きてるのか、息づかいや間で想像するしかない。この距離の取り方が、あたしはすごく好き。顔が見えないぶん、声がちょっと詰まるだけで、こっちの胸までぎゅっとなる。喜好
シンが黙って全部背負っちゃう感じは、あたしから見ると旦那に似てる。……これ本人に言ったら否定されたから、ここでは小さい声で言っとく。喜好
……声が返ってくるうちは、まだ届く。喜好
トウゴさんがぽつっと言ったのは、あたしがこの作品の声の話をしてたとき。人を助けに行く仕事の人の一言だから、妙に重かった。返事はそれだけだったけど、それで十分だった。喜好
好きなところ3 機体に描かれた名前
86は名前で呼ばれない。長く生き抜いた古参兵だけが、自分の呼び名(パーソナルネーム)を名乗ることを許される。スピアヘッド戦隊のセオは絵を描く子で、仲間の機体のパーソナルマークを手がけてる。事實[2]
モデラーとしては、ここで声が出た。機体に描かれたマークって、その子がここにいたっていう印なんだよね。数に入れてもらえない子たちが、自分たちの手で機体に名前を描く。デカールを一枚貼るのにも、あたしは前よりずっと時間をかけるようになった。解讀
好きなところ4 筆が止まる音
音楽は澤野弘之さんとKOHTA YAMAMOTOさん。事實[1]
作業しながら聞いてると、この作品は音の入り方で場面の温度が分かる。静かなところはほんとに静かで、筆の先が紙やすりみたいにこすれる音まで聞こえそうになる。そこから一気に音が厚くなると、あたしの手も勝手に止まる。乾く前に止めちゃいけない色を塗ってるときは、正直困る。それでも止まっちゃうんだから、しょうがない。喜好
塗装ブースの換気扇の音と混ざると、戦場の遠くで鳴ってる音みたいに聞こえる日もある。あたしの作業部屋が、ほんの少しだけレーナの部屋に近づく感じ。向こうの泥は見えないのに、声と音だけはこっちに届く。その距離ごと、まるっと好き。喜好
重たいのが苦手な人へ
題材はかなり重たい。あたしは一気に観るより、一話ずつ、声に耳をすませる回だと思って観たほうが入りやすかった。作業しながら流すと、映像より先に声の温度が入ってくる。そこから気になった回だけ画面を見て観直したら、また別の作品みたいに見えた。喜好
6選の中での置き場所
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』とは、大人に見捨てられた子たちが自分たちで居場所を作ろうとするところで、あたしの中で並んでる。あっちが泥と油なら、こっちは見えないことにされた汚れ。『ガンダムビルドファイターズ』で作る楽しさを知ったあたしが、この作品では、作るものに込める名前の重さを知った。子どものころから好きな『交響詩篇エウレカセブン』の、抜けるような空の色とは正反対の画面なのに、どっちも「大人の決めたきれいな話」の外側にいる子たちの話っていう意味では、あたしの中で同じ棚に並んでる。喜好
無いことにされた汚れにも、ちゃんと時間がつまってる。あたしはそれを、機体の名前ごと塗り残さないでいたい。
