目錄
シャッターを半分下ろした店の奥。値札シールの台紙と、まだ棚に出していない文庫の山をどけて、帳場の机に四人ぶんの湯のみが並んだ。イツキの祖父は、二階でもう寝ている。
すみません、狭くて。今日はロボットとSFの問題を出し合う、ってことで。レンさんが段取り表を作ってくれました。
段取り表というほどじゃないよ。一人ずつ順番に出して、当たったら出した人がその作品の好きなところを一言。それだけ。
お招きありがとうございます。……問題を出し合うのは、学生のとき以来かもしれません。
僕もだ。タカシさんと二人だと、どうしても話が古くなるから、今日はお二人に止めてもらおう。
初代ガンダムのメカの描き手
では、私から。『機動戦士ガンダム』のメカをデザインした大河原邦男さんは、ある機体のあたりから、監督の富野由悠季さんがご自分でラフを描いてくるようになった、と話しています。さて、それはどの機体でしょう。
えっと、店にある古いムックで見た順番だと……ドム?
僕はガンダムそのものに賭ける。主役の機体こそ、監督が描きそうだ。
正解
ゲルググのあたり。大河原さんが中心になって形を決めたのは、ザクとグフとドムの三つほど。ゲルググのころからは富野監督が下描きを持ってくるようになり、大河原さんがそれを清書して仕上げる流れに変わったという。[1]
えっ、そうなんですか。ドムの次だったんだ。……半分は当たり、ってことにしてもらえますか。
半分、差し上げます。私はザクから作りました。小学生のころ、主役の機体より先に。ゲルググも敵の機体ですが、あれはどこか、肩の力が抜けた形をしていて……。敵の側にも、暮らしと部下がいる。それを最初に教えてくれたのが、あの作品なんです。
未来の通貨の名前
じゃあ僕。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の世界には、国をまたいで使う統合通貨が出てくる。その名前には、三つの通貨の頭文字が入っている。どの三つでしょう。
ドルと、ユーロと……元?
円、はあってほしいです。日本の話なんで。
正解
円とユーロとドル。三つの頭文字をもじった名前で、さらに資本主義をもう一度大きく肯定する「YES」という意味まで重ねてある、と用語集に書かれている。[2]
えっ、YESまで? 記号の並べ方に意味が二重に入ってるんだ。……それは気づかなかった。
僕があの作品で好きなのは、こういう細かい制度が、背景にちゃんと積んであるところ。お金の名前ひとつで、その世界の誰が得をして、誰が置いていかれたかが見えてくる。食堂でいえば、店の伝票の書式を見ると、どの客を大事にしてるか分かる、みたいな……あ、長くなった。
電話レンジのかっこかり
僕から一問。『STEINS;GATE』の未来ガジェット研究所には、「電話レンジ(仮)」という発明品がある。この「(仮)」が取れない理由は何でしょう。
まだ完成していないから、でしょうか。
商標の問題。
正解
「電話レンジ」という呼び名を、主人公のオカリンがどうにも好きになれないから。だから正式な名前にならず、仮のままになっている。[3]
えっ、名前が気に入らないから、ですか。……それは、会社の新規事業でもよくある話です。
僕があの作品で好きなのは、ばかばかしい会話の量なんです。研究所の仲間たちが、どうでもいい話で笑っている時間がとても長い。その時間ごと好きなんです。
宇宙のゴミがぶつかり合うと
『プラネテス』から。宇宙を漂うゴミ、デブリ同士がぶつかって破片ができると、次の衝突が起きやすくなって、それが連鎖する。最後は宇宙に出ることさえ難しくなる、という理論がある。その名前は?
名前……ドミノ現象、とかですか。
人の名前がついてる気がします。理論って、たいていそうなので。
正解
ケスラー・シンドローム。アメリカの宇宙機関にいたケスラー博士の唱えた説で、デブリ同士の衝突でできた破片の雲によって、ぶつかる確率がひとけた上がるとされる。[4]
えっ、ひとけた。十倍ってことですよね。
そう。僕がプラネテスで好きなのは、そのゴミを拾う人たちが主人公だってところなんだ。宇宙開発の夢の、いちばん端っこで働く人の話。高校のころ、宇宙の新聞記事を切り抜いてたら、夢の裏で働く人の多さばかり目に入るようになって。
あの年の約束
次は俺の番です。『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ版の舞台は、放送から見て「二十年後の近未来」に設定されてました。その年号を、ある昔のアニメと同じにしたって、庵野監督が書いてます。どのアニメでしょう。
昔のアニメ、ということは、私の側の問題ですね。……『鉄腕アトム』。
僕もアトムかと思った。
正解
『ジェッターマルス』。テレビ放送が始まったときに、作品の舞台を二十年後の近未来とし、『ジェッターマルス』と同じ2015年にした、と庵野秀明監督があいさつ文で書いている。[5]
えっ、マルスでしたか。アトムの、ずっとあとの……。いや、惜しかった。
これ、俺には新刊だったんで。終わりのほうから入って、あとからテレビ版に戻ったら、全然違う顔をしてる人ばっかりで。俺がエヴァで好きなのは、そこです。終わりを知ってから最初に戻ると、同じ場面が別の場面になる。
水星の魔女の決闘
では、新しいほうのガンダムを。『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の学園では、生徒どうしがモビルスーツで「決闘」をします。どうなったら勝ちでしょう。
相手を動けなくしたら。
降参させたら。
正解
頭についている角のようなブレードアンテナ。それを先に折られたほうが負け。決闘は学生どうしの私闘で、お金や名誉など、それぞれが望むものを賭けて戦う。[6]
えっ、アンテナ一本で決まるんですか。勝ち負けの条件がはっきりしてるのは、見ていて分かりやすい。
ええ。若い方に勧められて観たのですが、私はこの決まりがとても気に入りました。全部を壊さなくても、勝負はつけられる。……歴史でも、城をすべて焼かずに、旗だけで決着がついた戦いが……。また歴史の話にしてしまいましたね。
いいよ、今のは一つまでのうちだ。
マクロス7にないもの
『マクロス7』の問題です。このアニメには、ふつうのアニメなら当たり前にある、あるものがない。何でしょう。
マクロスだから、歌はあるよね。……戦闘シーン?
次回予告。
正解
BGM。劇中に背景の音楽はなく、全部が歌でできている。[7]
えっ、BGMがない? 全部、歌?
そうなんです。店で古いアニメの歌を流してたら、じいちゃんが一曲だけ口ずさんだことがあって。それで調べたのが最初です。俺がマクロスで好きなのは、戦ってる場所に、歌う人がいるところです。
宇宙戦艦の出どころ
マクロスでもう一問、いいですか。最初の『超時空要塞マクロス』の巨大な宇宙戦艦マクロスは、もとは何だったでしょう。
地球で建造していた、新型の艦。
あえて逆を言うと、地球のものじゃない。
正解
異星人の艦。異星人の船を改修して作った巨大な宇宙戦艦で、要塞のような形から、強攻型へ形を変えることもできる。[8]
えっ、異星人の艦を直して使っていたのですか。……誰かの作ったものを受け継いで直して使う。組織の話としても、身につまされます。
古本屋も、だいたい受け継いで直して売ってるんで。
サンマグノリアの区の数
少し重い問題を一つ。『86―エイティシックス―』に出てくるサンマグノリアという国。この国の区は、ぜんぶでいくつあるでしょう。題名がヒント。
題名どおりなら、八十六。……と思わせて、八十五。
俺は素直に、八十六で行きます。
正解
85区。国はぜんぶで85の区でできていて、その外に追いやられた人々は「存在しない86区」の住人とされる。戦場で命を落としても、戦死者として数えられない。[9]
数えられない、ですか。……題名そのものが、その仕組みを指しているのですね。
そう。僕があの作品で気になって見てしまうのは、そこなんだ。地図に載らない場所で暮らしている一人一人に、ちゃんと名前があるところ。制度の話に見えて、その隅にいる人から見ると、急に近くなる。
殺意の世界の名前
最後は僕が。『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』で、名探偵が入っていく、犯人の深層心理の世界は何と呼ばれているでしょう。題名に入っています。
題名に……インヴェイデッドじゃなくて、イドのほうですか。
では私は、イドに一票。
正解
イド。人の殺意をとらえる装置「ミヅハノメ」で、名探偵・酒井戸が犯人の心の奥にある「殺意の世界」へ送りこまれ、その中で事件の謎を解く。[10]
当たりました。……題名で答えを渡してくれる問題は、やさしいですね。
答えは題名に置いてある。でも、その世界で何を見つけるかは、観る人に任されてる。僕があの作品で好きなのは、断片を拾いながら、世界の形を自分で組み立てていくところです。
湯のみの二杯目が冷めたころ、帳場の机の上には、四人がそれぞれ棚から抜いてきた本が積み上がっていた。ガクの前には設定資料集、タカシの前には古いプラモデルの箱の写真が載ったムック。
結局、四人とも、問題を出すより自分の好きなところを言うほうが長かったね。
それでよいのだと思います。好きなところを言う順番待ちのために、問題を出していたようなものですから。
じゃあ、その本、どれか一冊持って帰ってください。合わなかったら、100円で返しに来てもらえれば。
次は僕が、答えを言わない問題を作ってきます。答えは各自、次に見る場所で探す、というやつ。