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我的6部作品

『神々の山嶺』と仲間と登る俺のやり方

冬のエベレストに、一人で挑もうとする登山家を描いたアニメ映画。後輩に席の取り方を教わって映画館で観たトウゴは、言葉の少ない山の時間と装備の重さに、山岳部のころの自分を思い出しました。救助隊員が仲間と登る理由を話します。

適合這樣的人
一人で挑む話より、仲間と何かをやり遂げる話が好きな人へ。山に登らないので、山の映画に入れるか迷っている人にも。
劇透範圍
無劇透 アニメ映画『神々の山嶺』(フランスのアニメーション映画版)の始まりの設定(マロリーのカメラをめぐって、深町が登山家・羽生丈二の過去を調べて足跡を追い、羽生が冬のエベレストに単独で挑もうとしていると分かるところ)と、作品全体の手触りまで。山の上の展開と結末には触れません
發言的人
Tougo × Gen
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 6 節·約 5 分鐘
  1. 席の取り方から教わった
  2. 台詞より静けさが残った
  3. 一人で背負うということ
  4. 烏龍茶で乾杯した夜
  5. 山を知らない人の入口
  6. 低い山と高い山のあいだ

6選の六本目は、アニメ映画の『神々の山嶺』。冬のエベレストに、一人で挑もうとする男の映画だ。観て、山岳部のころの自分を思い出した。あそこまで一人で背負う強さは、俺にはない。だから、俺は仲間と登る。そう思えた一本の話をする。山の上で何が起きるかは言わない。

席の取り方から教わった

映画館で観た。それも、若いのに手伝ってもらった。山の映画が来ると聞いて、行きたいと言ったら、班の若手がスマホで席の取り方を一から教えてくれた。真ん中の少し後ろがいいです、と言われて、そのとおりにした。当日は朝に走り込みを済ませて、少し早めに着いた。救助隊に移ってからは、非番の日でも体をゆるめるのが下手で、映画館の椅子に深く座るのも久しぶりだった。喜好

フランスで作られたアニメーション映画だ。原作は夢枕獏さんの小説と、それを漫画にした谷口ジローさんの作品。監督はパトリック・インバートさん。事實[1]

日本の小説と漫画をもとに、海の向こうの人たちが山の映画を作った。観る前に若手からそう聞いて、少し驚いた。山の厳しさは、国が違っても同じ重さで伝わるものらしい。そう思うと、なんだか心強かった。山の前では、どこの国の人間も同じように息を切らす。喜好

話の入口には、エベレストの歴史に残る謎がある。マロリーは頂上に立てたのか。その答えにつながるかもしれない古いカメラをめぐって、日本人の深町が、羽生丈二という登山家の過去を調べ、その足跡を追い始める。やがて見えてくるのは、羽生が冬のエベレストに、たった一人で挑もうとしていることだ。事實[1]

台詞より静けさが残った

観終わって最初に残ったのは、台詞より、山の静けさのほうだった。俺の耳には、人の言葉より、息と風の気配のほうが多く残った。俺にはそれがありがたい。高い山の上では、本当に、しゃべる余裕なんてない。しゃべる代わりに、体の中で数を数えている。一歩、二歩、息を吸って、また一歩。喜好

それと、背負っている物だ。山の場面になると、俺はつい荷の大きさと重さを目で測ってしまう。この映画でも測った。測っているうちに、自分の背中に荷物の重さが乗ってくる気がした。山岳部のころ、重い荷を背負って登るのが、ただ好きだった。肩に食いこむ重さが、生きている手ごたえだった。あの重さを、映画館の椅子の上で思い出した。喜好

一人で背負うということ

羽生という男のことは、ここではあまり語らない。一つだけ言うなら、あの男は、山の前で一人だ。誰の手も借りない。その姿は、まっすぐで、怖いくらいに強い。解讀

高校の山岳部の最後の夏、仲間と山を何日もかけて縦走した。途中で同級生の一人が脚を痛めた。俺はそいつの荷物を半分もらって、自分のザックに詰めた。重さは倍近くになったが、不思議と脚は軽かった。山小屋に着いて、みんなで同じ鍋をつついたとき、ああ、俺はこっちが好きなんだな、と思った。一人で頂上に立つより、全員で小屋に着くほうが、俺にはうれしい。喜好

観終わって、外の明るさに目を細めながら、俺は自分のやり方のことを考えた。俺は一人では登らない。救助の現場でも、山でも、必ず誰かと組む。ロープの向こうに仲間がいるから、一歩先へ出られる。それは、弱いからじゃない。全員で帰ってくるために、そう決めている。この映画を観て、その決め方を、少しだけ誇らしく思えた。解讀

烏龍茶で乾杯した夜

その週末、ゲンさんの家に呼ばれて、映画の話をした。ゲンさんは缶ビール、俺は烏龍茶。いつものとおりだ。喜好

Gen

一人でエベレストか! すげえ男だな。俺なら途中で腹が減って、引き返しちまう。

Tougo

ゲンさんは、引き返すのが正しいです。山では、引き返せる人がいちばん強いんで。喜好

Gen

ほう、そうか。じゃあ俺は強いってことだな! トウゴ、お前は誰と登るんだ?

Tougo

隊の仲間です。……それと、今度、ゲンさんとも登りたいです。低い山からで。喜好

ゲンさんは大笑いして、烏龍茶を俺のコップに注ぎ足してくれた。海の男と山に行く約束をしたのは、初めてだ。帰り道、どの山がいいか、頭の中で地図を広げた。ゲンさんの歩幅と、腹の減り方を考えると、頂上に茶店のある低い山がいい。段取りを考えるのは、俺のいちばん好きな時間だ。水は多めに、昼飯はゲンさんの分を倍。それだけは、もう決めてある。喜好

山を知らない人の入口

山に登らない人でも、たぶん大丈夫だと思う。俺は、息の音を聞くつもりで観た。誰かが苦しいとき、息が浅くなる。落ち着くと、深くなる。それだけ追っていけば、言葉がなくても、山の上で何が起きているかは伝わってくる。大きい画面で観られたのは、俺には運がよかった。家で観るなら、部屋を少し暗くするといい気がする。俺は観終わって、温かい茶を一杯飲んだ。山にいたわけでもないのに、体が少し冷えていた。喜好

低い山と高い山のあいだ

三本目の『ヤマノススメ』は、低い山を、話ができる息で歩く話だった。この映画は、その反対の端にある。高い山を、誰にも頼らずに登ろうとする男の話。四本目の『弱虫ペダル』で覚えた、仲間を前に押し出す背中のことも思い出した。6選を並べると、俺はいつも同じことを確かめているらしい。人は、どこまで自分の足で帰ってこられるのか。俺の答えは、仲間となら、ずっと遠くまで、だ。喜好

一人で背負う強さは俺にはない。だから仲間と登る。その決め方を、この映画は少しだけ誇らしいものにしてくれた。

本文中的作品

講述者 Tougo 在山裡長大、話少又直率的救援隊員 閱讀更多 Tougo 的文章 →

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