これは、アニメ映画『秒速5センチメートル』を最後まで観た人のための、二周目の案内です。まだ観ていない人は、ここで閉じてください。展開と結末に触れるところは、押すまで開かない箱に入れました。
一周目の私は再会を待っていた
一周目、私はずっと「また会えるのか」を待っていました。三つの話をまたいで、その一点だけを見ていた。二周目は待たなくていい。そうすると、言葉が書かれて、でも届かなかった場面ばかりが目に入ってきます。私の研究テーマの一つは「返事をしなかった時間」なので、これは他人事ではありませんでした。喜好
観直す前に知っておきたいこと
新海誠さんが原作と監督、脚本を手がけたこの映画は、2007年3月3日に公開されました。上映時間は全部で63分。「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の3話の短編がつながった構成で、互いに惹かれていた男女が、時間と距離によって変わっていく姿を描いています。事實[1]
第1話の冒頭で、明里が桜の花びらの話をします。劇中では、花びらが舞い落ちるときの速さ、それが題名の「秒速5センチメートル」です。英語のサブタイトル(a chain of short stories about their distance)を日本語にすれば、彼らの距離をめぐって連なる短編、といった意味になります。事實[1]
題名が速度で、副題が距離。二周目は、画面に出てくる「遠さ」と「速さ」を拾っていくと、構造が見えてくると思う。解讀
子どもにだけ遠い駅
第1話で二人が待ち合わせる岩舟駅は、新海さんが訪れてみて、その雰囲気で決めた駅だそうです。思い描いていたのは北関東で、中学生が一人で向かうには遠いけれど、大人にとってはなんでもない距離の場所。事實[1]
二周目は、この「大人にはたいしたことがない」を頭に置いて第1話を観てください。止まる電車、過ぎていく時刻、何もできない車内。大人の私が観ると、乗り換え一回の距離です。でも十三歳には、世界の果てくらい遠い。距離は地図ではなく、その人の年齢で測られているのだと思いました。解讀
中段為止第1話の展開點擊展開
3月4日、約束の日。関東は大雪に見舞われ、貴樹を乗せた列車は何度も長い時間止まってしまいます。乗り換えで降りた小山駅のホームでは、明里に手渡すつもりだった手紙が風にさらわれる。夜更けにやっと岩舟駅へたどり着くと、待合室では明里がひとりで待っていました。次の朝、駅で貴樹を見送ったのは明里です。明里のほうも手紙を用意していたのに、それを貴樹に渡すことはありませんでした。
二周目のいちばんの見どころは、ここだと私は思っています。手紙が二通あって、どちらも相手に届かない。一通は風が持っていき、もう一通は本人が渡さないと決めた。届かなかった理由がまるで違うのに、結果は同じ。一周目は風の手紙のほうばかり悔しがっていましたが、二周目は、渡さなかったほうの手紙の重さに気づきます。書いたのに渡さない、というのは、黙ることのなかでいちばん手間のかかる黙り方です。
二つの草原
第2話には草原が二つ出てきます。種子島で花苗が紙飛行機を飛ばす草原と、貴樹が夢に見る草原です。この二つは、デザインがまったく同じなのだそうです。事實[1]
同じ場所に立っているのに、見ているものが違う二人。二周目は、草原が出たら、誰がどちらを向いているかを見てください。景色が同じだから、視線の違いがくっきりします。解讀
中段為止第2話の展開點擊展開
種子島での貴樹は、宛先のない携帯メールを打っては送らずに消す、ということを繰り返していました。中学のころから貴樹に恋をしていた花苗は、波に乗れた日に気持ちを伝えようと心に決めます。ところが、いざ口を開こうとした瞬間、無言の拒絶の圧力を貴樹から感じ取ってしまい、何も言えなくなる。打ち上げられたロケットを見ながら、花苗は、貴樹がずっと遠くを見ているのだと悟ります。
第2話は、送られないメールと、言われない告白の話です。貴樹は宛先のない言葉を書いては消し、花苗は宛先のはっきりした言葉を、口の手前で飲みこむ。どちらも黙っているのに、黙り方がまるで違う。二周目は、貴樹の携帯の画面が出るたびに、花苗の横顔を一緒に思い出してください。花苗に向けられた沈黙は、言葉よりはっきりした返事になっていました。
第2話だけ主人公が花苗になるのは、構造としては大きい。貴樹を外から見る視点が一度だけ入るから、第1話と第3話の内側の声が、二周目には違って聞こえる。解讀
最後の歌が流れるまで
主題歌は、山崎まさよしさんの「One more time, One more chance」です。第3話の最後にボーカルが流れ、そのタイミングで本作のタイトルが表示されます。新海さんは、映画のピークのひとつは、タイトルが出たりボーカルが入ったりする瞬間だと考えている、と語っています。事實[1]
結局·真相結末點擊展開
第3話、東京で働く貴樹は、三年付き合った理紗から、「千回のメール」と「一センチ」という言い方で、心は近づけなかったと告げられます。会社を辞めた貴樹は、ある春の日、小学生のころに通った道を歩き、踏切ですれ違った女性と、渡りきってから振り返る。その瞬間、電車が二人の視界をふさぎ、通り過ぎたあとに彼女の姿はない。貴樹は何かを決めたように笑って歩きだします。明里は、別の男性と結婚することになっています。
二周目にここまで来ると、理紗の言葉の中の「メール」と「センチ」が、映画全体の言葉になっていることに気づきます。第2話で送られなかったメール。題名の秒速5センチ。千回送っても一センチ。届けた言葉の数と、近づいた距離が比例しない。それを、いちばん最後に言葉にしたのが、物語の外側にいた理紗だったのが、私には苦しくて、少し救いでした。
踏切の場面で、二人は言葉を一つも交わしません。手紙もメールもない。振り返るという動作だけ。三つの話でずっと言葉が届かなかった映画が、最後に言葉を使わない。私は貴樹の笑顔を、返事を出さないまま、それでも前に歩くことを選んだ人の顔として受け取りました。
なお新海さんは、小説も書いています。第3話のラストを補うためのもので、きっかけは、この映画に「ひたすら悲しかった」という感想が多く寄せられ、それを反省したことだったと述べています。
二周目の私の見方
一周目は、会えるか会えないかの映画でした。二周目は、言葉が書かれ、渡されず、消されていく映画になった。届かなかった言葉が多い映画なのに、観終わったあと私は、誰かに短い返事を書きたくなりました。解讀
二周目は、手紙やメールが画面に出るたびに、それが相手に届いたかどうかを数えてみて。その数が、この映画の距離の単位だから。
