これは『化物語』のアニメを最後まで観た人向けの、二周目の手引き。まだなら閉じて第一話へ。話の中身に触れるところは、押さないと開かない箱に入れてある。箱の外には、展開は書いていない。……別に、親切で言ってるわけじゃない。初見の驚きは一回しかない、ってだけ。
できないと言われた小説
アニメの放送開始は2009年7月。監督が新房昭之、制作がシャフト。全15話あり、TVで放送されたのは第12話まで。第13話から第15話までは、公式サイトで期間を限って無料で配信された。事實[1]
原作者の西尾維新には、ひそかなコンセプトがあった。アニメにも実写にも漫画にもできない小説は書けるのか、というものだ。アニメ化にも否定的だったという。実際に作られたアニメは台詞の改変を避けていて、原作にほぼ忠実だ。第壹話の冒頭には、90秒にまとめた前日譚のダイジェストが置かれている。事實[2]
訳せないと言われた本ほど、訳してみたくなる人がいるんだよね。小説の言葉を減らさずに映像へ運ぶと、何が起きるのか。私はそこが見たくて、二周目に付き合うことにしたんだ。喜好
……減らさなかった結果が、あの台詞の量です。一周目、俺は字幕を追う留学生みたいな顔で観てた。ノアさんは知ってるでしょ、あの顔。
知ってる。オーストラリアの交差点で、地図を逆さに持ってた高校生の顔だ。あのときも、言葉が出てこないだけで、ちゃんと考えてた。
画面に出る文字を止めて読む
画面に混ざるのは、実写やCGだけではない。旧字体や旧仮名遣いで書かれた文章も出てくるし、文字そのものを記号のように扱う演出もある。テロップの使い方のルーツは、ジャン=リュック・ゴダールが撮った映画にあるとされる。事實[3]
その代表が、黒一色の背景に「黑齣」と書いたカットだ。カットとしてはちゃんとあるのに、動画は一枚もない。黒い画像と文字を撮影して作った場面だという。事實[4]
一周目は一瞬で流れて、何か書いてあった、としか思わなかった。二周目は全部止めた。止めると、台詞の外にもう一本、文章が走っているのがわかる。作り手が地の文の居場所を画面の中に作ったんだと思う。皮肉なもんだ。映像にできない小説を映像にするために、映像を一回止めさせる。……止めた画面の黒は、夜より静かだった。解讀
小説だと地の文は読者の頭の中で鳴る。映像では、それを文字のまま画面に置いた。翻訳でいうと、訳注を本文に埋め込むやり方に近いのかな。どっちが上ってことじゃなくて、読む速さを観る人に預けた、という違いだね。解讀
漢数字の話数を数える
原作は五つの話から成る。上巻に入っているのは「ひたぎクラブ」と「まよいマイマイ」と「するがモンキー」の三つ。残る「なでこスネイク」と「つばさキャット」が下巻だ。アニメはこの五つを章に立て、各話を「其ノ壹」「其ノ貳」と旧字の漢数字で数えていく。わかりにくいので話数には数字を併記する、という注意書きが要るほどだ。事實[5]
二周目は、章の切れ目でノートに線を引いた。五人の少女と五つの怪異。一話ずつの話に見えて、章の長さがばらばらだ。二話で終わる章もあれば、五話かかる章もある。どこに尺を割いたかを並べると、作り手が誰の話をいちばん重く見ていたかの目次になる。作品中的觀察
歌い手が変わるオープニング
「staple stable」はメインのオープニングで、ひたぎが歌っている。とはいえ、章ごとのヒロインにもそれぞれテーマソングが作られていて、オープニング映像も曲に合わせて別々に作られている。事實[6]
同じ物語の扉を、章ごとに別の声で開けるんだね。誰の声で始まった回かを手帳に書いておくと、その回を誰の側から読めばいいか、入口がわかる気がする。解讀
エンディングは supercell の「君の知らない物語」。シリーズディレクターの尾石達也が本屋でウエダハジメの絵を見かけ、それがきっかけで、映像はウエダが手がけることになったという。事實[8]
俺はこの曲をカラオケで入れる。歌詞はここには書かない。二周目は、本編の最後の台詞が終わってから曲が始まるまでの、一拍の空白を聴いてほしい。言いそびれた言葉の置き場所みたいな曲だから、その手前の沈黙で効き方が変わる。喜好
次回予告の脚本を書いているのは、原作者の西尾だ。形式は暦の妹、火憐と月火の掛け合いで、二人とも本編にはほとんど出てこない。事實[9]
一周目は飛ばしてた。二周目は、予告だけ並べて観るのもいい。本編と別の書き手の声で、もう一本、短い物語が流れている。喜好
最初の章の重さ
最初の章で、暦はクラスメイトの戦場ヶ原ひたぎに体重がほとんどないことを知る。一周目は、毒舌と文房具の印象ばかり残った。作品中的觀察
中段為止中盤の展開(ひたぎクラブ)點擊展開
2年前、ひたぎは不思議な蟹に出会って、根こそぎ重さを奪われた。その怪異とはのちに再会するが、そこには彼女自身の抱えていた別の問題が関わっている。ひたぎが病になったのをきっかけに、母親は怪しげな宗教団体にのめり込んでいたのだ。
二周目は、ひたぎの台詞の刺々しさを、重さを手放した人の防御として聴いた。言葉で人を刺すのは、言葉以外で触れられたくないからだ。支配するための言葉と、自分を閉じこめるための言葉は、外から見ると同じ形をしている。……昔ノートに後者ばかり書いてた身としては、耳が痛い。解讀[10]
迷子の小学生の言い間違い
二つめの章で暦が出会う相手は、八九寺真宵。大きなリュックを背負った、迷子の小学生だ。言い間違いがわざとらしいほど多く、暦はそのつど突っ込みを入れる。事實[11]
迷子の子が出てくると、つい道を教えたくなる。ソウマくんの前だと特にね。
……その話はもういいです。地図はまだ持ってますけど。
中段為止中盤の展開(まよいマイマイ)點擊展開
真宵の正体は「迷い牛」という怪異で、幽霊だった。11年前に両親が離婚し、母親とは別々に暮らすことになった。真宵が事故に遭ったのは、その母親のもとへ会いに行く途中だ。それ以来、自分の力では目的地にたどり着けない怪異として、ずっとさまよってきた。暦とメメが手を貸して、ようやく目的地にたどり着く。
二周目の言い間違いは、もう笑うだけでは聴けない。名前を噛み、言葉を取り違え、それでも会話をやめない。たどり着けない子が、せめて会話の中では誰かとすれ違わないようにしている。俺にはそう聴こえた。言葉が通じなくても、話しかけ続ければ道は開く。オーストラリアで、それを教わったことがある。解讀[12]
委員長の章
最後の章は、クラス委員長の羽川翼の話。一周目の俺は、羽川を何でも知っている完璧な委員長として観ていた。……完璧な人間ほど、組織図の上では扱いにくい。喜好
結局·真相結末まで(つばさキャット)點擊展開
羽川の中には、障り猫と彼女のストレスが結びついて生まれた、新しい怪異がいる。翼のストレスそのものの姿だ。
二周目は、羽川の台詞の丁寧さを数えた。言わないことを決めている人の話し方は、言いたいことだらけの人の話し方より、ずっと整っている。整った文章ほど、行間が広い。解讀[13]
結局·真相結末まで(暦が選ぶ相手)點擊展開
ひたぎと付き合うことを暦は選び、羽川は振られる形になる。
一周目は、ただの恋の決着として観た。二周目は、第一話から羽川がどれだけ暦の隣で正しい言葉を選び続けていたかを数えてしまう。選ばれなかった側の台詞ほど、二周目には長く残る。解讀[14]
結局·真相結末(第十二話のオープニング)點擊展開
TV放送の最後の回は「つばさキャット 其ノ貮」(第12話)。この回では、オープニングに「staple stable」が流れる。羽川が本編に一度も出てこないからだ、とコメンタリーで明かされている。
章の題名は羽川のものなのに、その回に羽川はいない。題名と中身がずれた回を、TV放送の最後に置いた。主役の名前が書かれた章で、主役がいないことがいちばん大きく響く。不在も、台詞のひとつになる。事實[7]
結局·真相結末(天文台の夜)點擊展開
6月、暦とひたぎは父親の車で、県外の天文台へ出かける。そこは戦場ヶ原家が、かつて家族3人でよく行っていた場所だった。
最初の章で重さを失っていた人が、家族の重さが残る場所へ、好きな人を連れて行く。俺はこの組み立てがいちばん好きだ。言葉で武装していた人が、星の下では、言葉の数を減らす。喜好[15]
原作だと、ページをめくれば誰が出てこないかはすぐわからない。映像はオープニングの声で、先に教えてしまう。同じ不在でも、媒体によって気づく順番が違うんだね。解讀
……まあ、だから二周目が要る。一周目は気づかないようにできてる。解讀
二周目は、最初の黒い画面で一時停止を。台詞の外を走っているもう一本の文章が、十五話ぶん待っている。