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動畫·漫畫小知識

ここにいていいと歌う三つの主題歌

後宮で働く薬師、人ならざるものが見える少女、不思議の町に迷いこむ女の子。三つの主題歌を、歌詞を引かずに自分の言葉で読み直したら、三曲とも同じ方向を向いていた。旅人のノアと、魔法に憧れるリリィの土曜の午後。

適合這樣的人
好きなアニメの主題歌を、なんとなく口ずさんでいるけれど、言葉の中身まではじっくり考えたことがない人へ。
劇透範圍
無劇透 三作品とも、第1話までに分かる主人公の境遇と、主題歌の成り立ちまで。物語の展開と結末には触れません
發言的人
Noa × Lily
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 7 節·約 5 分鐘
  1. 日陰に咲く花の歌
  2. 早口の向こうにある自己愛
  3. 孤独から一歩出る拍子
  4. 三回目のサビは声だけで始まる
  5. 別の映画のために生まれた歌
  6. 探しものは遠くにない
  7. 三曲を並べてみたら

土曜の午後、図書館の閲覧室を出たところのベンチで、リリィがノートを開いていました。ページの上には曲名が三つ。どれもノアとリリィがカラオケで入れる曲です。今日は、その歌が何を歌っているのかを、歌詞を書き写さずに、自分の言葉で話してみることにしました。作品の展開には触れません。

日陰に咲く花の歌

Lily

ノアさん、最初は『薬屋のひとりごと』の「花になって」からでいいですか? ノアさんの十八番ですよね。

Noa

うん。テレビアニメの最初のクールのオープニングで、歌は緑黄色社会。作詞は長屋晴子さん、作曲は穴見真吾さん。事實[1]

第1話〜第12話のオープニング

Noa

この曲はアニメのために書き下ろされていて、テーマは「日陰に咲く花」だった、と紹介されてる。事實[2]

Lily

日陰、なんですね。主題歌って、もっと日なたの、明るい花を歌うものだと思ってました。

Noa

私もそう思ってた。でも猫猫は、後宮で薬と毒のことばかり考えている人でしょう。まわりから見たら日なたの真ん中にはいない。そこで咲くことを、この歌は恥ずかしがってないように聞こえる。解讀

早口の向こうにある自己愛

Noa

作詞の長屋さんがアニメの側から受け取ったキーワードは「自己愛」。それを猫猫たちにどうつなげるか、考えたんだって。猫猫の魅力は、主人公らしい明るさとは反対のところにある。そこから、ありのままの自分のことを愛してほしい、という気持ちで歌詞を書いた、って説明してる。事實[3]

Lily

ありのまま。……それを聞いてから歌詞を読むと、言葉がたくさん詰めこまれているのに、言いたいことは一つなのかもしれない、って思います。解讀

Noa

そう、私はこの曲を、通訳の早口練習みたいに追いかけて歌うのが好きなんだけど、言葉の量に追われているうちに、最後には、でも私はこれでいい、という一点に着地する感じがある。細かい言い回しは自分の耳で確かめてほしいけど、私にはそう聞こえる。解讀

Lily

誰かに飾ってもらう花じゃなくて、自分で咲いてる花、ですね。解讀

孤独から一歩出る拍子

Lily

次は私の番です。『魔法使いの嫁』から「Here」を。歌はJUNNAさん、作詞は岩里祐穂さんで、作曲と編曲は白戸佑輔さん。SEASON1の第1クールで流れたオープニングです。事實[4]

主人公として紹介されているのは、羽鳥智世という少女。人ならざるものが生まれつき見えてしまうせいで、家族にも他人にも疎まれ、ずっと孤独のなかで生きてきた。事實[7]

Lily

曲の解説によると、歌われているのは智世の深い孤独と、一歩を踏み出そうとする強さだそうです。それから、ここが好きなんですけど、拍子が変わるんです。4拍子なのがAメロとBメロで、サビで6拍子、間奏は7拍子。事實[5]

Lily

だから私、出だしのタイミングだけは絶対に外さないって決めてて。拍子が変わるところで、智世が知らない場所に足を出す感じがするの。孤独な部分は数えやすい4拍子で、強くなる部分は数えにくい6拍子で、ねえ、それって、慣れた場所から慣れない場所へ行くときの足取りそのものじゃないですか。魔法の勉強を始めるときって……解讀

Lily

……ごめんなさい、続けていいですか?

Noa

続けて。拍子の話から歌詞に行けるのが面白いと思ってた。

三回目のサビは声だけで始まる

Lily

JUNNAさんは歌ってみて、智世の孤独はAメロとBメロに、心に秘めた強さはサビに描かれている、と話しています。いちばん力を入れたのは、最後の、アカペラで始まるサビだったそうです。事實[6]

Noa

じゃあ1番の前半は、ひとりでいることの冷たさの話で、サビで視点が自分の内側の強さに向く。それが三回くり返されて、最後は伴奏なしの声だけで始まる。解讀

Lily

はい。最後のサビは、誰も支えてくれない場所でも、自分の声だけで立てるか、を試されている気がするんです。だから題名が「Here」なのかなって。どこか遠くの魔法の国じゃなくて、ここ。解讀

別の映画のために生まれた歌

Noa

最後は私が旅先でよく歌う「いつも何度でも」。『千と千尋の神隠し』の主題歌だけど、はじめからこの映画用に書かれた曲じゃないんだ。作詞は覚和歌子さん、作曲と歌は木村弓さん。事實[8]

Noa

主題歌に決まったのは、公開の年の冬。宮崎駿さんが聞き直して、歌詞が映画の内容と合っていることに驚いて、急いで決めたんだって。でも曲ができたのは映画の二年くらい前。宮崎さんが企画していた別の作品『煙突描きのリン』から着想されたのに、その企画が没になって、一度はお蔵入りしかけてたんだ。事實[9]

曲の完成は1999年5月、聞き直したのは2001年2月

Lily

迷子になりかけた歌が、ちょうどいい映画に拾われたんですね。……なんだか、千尋みたい。解讀

探しものは遠くにない

Noa

歌の中身を大づかみに言うと、悲しいことも、生きていることの不思議も、くり返し抱えていく歌。細かい言葉は自分の耳で確かめてほしいけど、私には全体がゆっくり呼吸しているみたいに聞こえる。解讀

Noa

そして終わりに向かって、探す向きが外から内へ変わっていく。私は知らない駅に降りた夜に歌うことが多いんだけど、遠くへ来たのに、答えは鞄の中にあった、みたいな歌なんだよね。解讀

Lily

千尋は、知らない場所で自分が誰かを見失いそうになる女の子でしょう。そういう話の最後に、外じゃなくて内側に何かが残っている、っていう向きの歌が流れる。……ずっと、きれいな曲だな、としか思っていませんでした。解讀

三曲を並べてみたら

Noa

並べてみると、三曲とも、どこか別の場所に正解を探しに行く歌じゃないね。日陰のまま咲く、ひとりのまま立つ、遠くじゃなくて内側。解讀

Lily

でも、違うところもあると思います。「Here」は、ここにいるために一歩踏み出す歌で、「いつも何度でも」は、遠くまで行ったあとに気づく歌。順番が逆なんです。解讀

Noa

たしかに。私はつい「同じだね」って言いたくなるから、いまのは手帳の端に書いておく。行く前に気づく歌と、行ったあとに気づく歌。喜好

次にこの三曲を歌うときは、サビで視点がどこへ向くかだけを追ってみる。外へか、内側へか。

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