三本目は『ローマの休日』じゃ。王女さまが一日だけ自由になる話。十代のころ、暗い映画館でこれを観て、俺は初めて恋をした。相手はスクリーンの中の人。手の届かん人じゃ。照れくさいが、6選に入れんわけにはいかん。二人の一日がどう終わるかは書かん。そこだけは、自分の目で確かめてほしいんじゃ。
暗い客席で息を止めた
戦争が終わって十年もたたんころの下町の子どもにとって、外国はスクリーンの中にしかなかった。ローマなんて、地図の上の名前じゃ。そこへ、白黒の画面いっぱいに石畳の街が広がった。噴水、広い階段、狭い路地。王女さまがその街を、目を丸くして歩いていく。俺は客席で、気づいたら息を止めとった。喜好
俺の初恋は、スクリーンの中のオードリー・ヘップバーンじゃ。会うたこともないし、会えるとも思うとらん。それでええ。手の届かん人を好きになるというのは、十代の男にとって、案外ええ稽古でのう。自分の気持ちをどこへも持っていけんぶん、胸の中でずっと大事にしまっておくことを覚えた。喜好
好きな理由1:窮屈さから抜け出す一日
王女さまは、決められた予定、決められた服、決められた挨拶に囲まれとる。その窮屈さが、最初の場面からよう伝わる。そこから抜け出して、街で髪を切り、食べ歩き、知らん人と笑う。たった一日のことなのに、顔つきがどんどん変わっていく。作品中的觀察
道場でも、型ばかり稽古しとる弟子に、ある日ふっと自由に動いてみいと言うと、見違えるほど顔が明るくなることがある。型が窮屈なのは、型を知っとるからこそじゃ。窮屈を知っとる者が自由になる瞬間ほど、見ていて胸のすくもんはない。この映画は、その瞬間をまるごと一日かけて見せてくれる。解讀
好きな理由2:笑いの間がええ
恋の映画じゃが、実はよう笑える。勘違い、言いのがれ、ちょっとした嘘。新聞記者の男と王女さまのやりとりには、寄席の掛け合いみたいな間がある。二人とも何か隠しとって、そのくせ相手を楽しませようとする。客席の俺らだけが全部知っとるから、おかしゅうてたまらん。作品中的觀察
策の話が好きな俺には、ここがたまらんのじゃ。お互いに腹に一物ありながら、相手を楽しませようとする。騙し合いのようで、思いやりの合戦でもある。善い嘘と悪い嘘の境目はどこか、十代の俺はこの映画で初めて考えた。解讀
師範、私ローマに住んでたことはないんですけど、旅行で行ったとき、あの階段で同じポーズしてる人がいっぱいいました。Nice! って言いながら、私もやりました。
ははは、ええじゃないか。俺は行ったことがない。行かんでおこうと思うとる。
えっ、なんで? 教えて?
俺のローマは、十代の暗い客席の中にあるからのう。本物を見たら、あっちが上書きされてしまいそうでな。憧れは、手の届かんところに置いとくのも、ひとつの策じゃ。喜好
好きな理由3:白黒の光
白黒の映画は地味じゃと思う若い人も多いじゃろう。じゃが、白黒は光の芝居なんじゃ。夜の街灯、昼の石畳の照り返し、窓から差す光。色がないぶん、明るいところと暗いところの差で、気持ちを語る。王女さまの顔に光が当たる角度が変わると、それだけで心の動きが分かる。解讀
同じころのもう一人の憧れ
同じ十代のころ、俺は石原裕次郎の映画にも夢中になった。肩で風を切る歩き方を、下町の路地で毎日まねしとった。恋をしたのは王女さま、なりたかったのは裕次郎じゃ。どっちもスクリーンの中の人で、どっちにも会うたことはない。喜好
日活の作品紹介によれば、裕次郎の『嵐を呼ぶ男』は1957年12月28日に封切られた、日活の製作・配給作品じゃ。流しをしとった若者が、のし上がってトップドラマーになるまでを描いた娯楽大作で、裕次郎がスティックを手に「おいらはドラマー」と唄い出す場面がある、と紹介されとる。事實[1]
恋と憧れは違う。王女さまには、遠くから見とれた。裕次郎には、近づきたくて真似をした。十代の俺は、スクリーンの中のこの二人に、好きになることと目指すことの違いを教わったんじゃな。解讀
古い映画が苦手な人へ
古い映画は台詞回しがゆっくりで、最初は眠くなるかもしれん。そういう人は、王女さまが街に出るところまで、ひとまず辛抱してみなされ。そこから先は、あっという間じゃ。街の場面が始まったら、画面の端の通行人や店先も見てみなされ。昔の街の暮らしが映っとって、それだけでも旅をしとる気分になる。
それと、観終わったあとすぐに感想を言わんでええ。一晩寝かせてみなされ。翌朝、ふとどこかの場面が浮かんできたら、それがあんたの『ローマの休日』じゃ。喜好
ほかの5本とのつながり
寅さんはふらりと家を出て、ふらりと帰る。王女さまは一日だけ自分の場所を抜け出す。出て行く話が、どうも俺は好きらしい。『レンズマン』の宇宙も、『平家物語』の都落ちも、どこか遠くへ行く話じゃ。遠くへの憧れの、いちばん最初の入口が、この映画じゃった。喜好
手の届かん人を好きになるのも、ええ稽古じゃ。胸の中に大事にしまうことを覚えられる。