この文章は、TVアニメ『昭和元禄落語心中』を最後まで観た人のための二周目の案内じゃ。まだの人はここで閉じてくれ。この作品は、何も知らずに観る一周目がいちばん効く。結末に触れるところは、押さんと読めん箱に入れてある。箱の外では、話の行き先は書かん。
一周目は与太郎の目で観ていた
膝を痛めて道場に立てんかった冬に、弟子に勧められて観た話は前にも書いた。あのときの俺は、すっかり与太郎じゃった。刑務所帰りの若いのが名人の高座に惚れて、押しかけ弟子になる。師匠はしばらく稽古をつけてくれん。それでも食らいつく。二周目を観ようと思ったのは、エマに型の理由を聞かれて、半分しか答えられんかった朝のことじゃ。喜好
師範、二周目って何を観るんですか? 話はもう知ってるのに。
話を知っとるから、話しとる人が見える。噺はな、誰が誰に聞かせとるかで、同じ文句でも別物になるんじゃ。解讀
第一話の一時間を二度観る
まず形から押さえておこう。第1期の第1話は1時間の回で、中身はOVAの「与太郎放浪篇」をテレビ用に編み直したものじゃ。「八雲と助六篇」の放送は第2話から始まった。事實[1]
与太郎が入門したきっかけは、1年前の刑務所の慰問で聞いた八代目八雲の『死神』じゃった。事實[2]
二周目は、第1話の1時間だけを先に通して観て、そこで一度止めてみなされ。この1時間の中に、師匠の顔つき、養女の小夏の苛立ち、亡くなった二代目助六の名前と、あとで大きく育つ種がほとんど全部まかれとる。一周目は与太郎の明るさに引っぱられて素通りした。二周目は、与太郎が何か言うたびに、八雲と小夏がどこを見とるかを追うとええ。ふたりが与太郎を見る目つきは、一周目に思ったより複雑じゃ。解讀
雪の夜の昔語り
「与太郎放浪篇」が締めくくられるのは、雪の積もる夜じゃ。八雲は与太郎を破門せずにおく代わりに、3つの約束を守るよう命じる。そして、自分と助六の長い昔語りを始める。事實[3]
ここが二周目の肝じゃ。第2話からの「八雲と助六篇」は、ほとんどがこの夜に始まった話の中にある。つまり、あの若いころの菊比古と初太郎の物語は、年をとった八雲が、弟子と小夏の前で語っとる話なんじゃ。一周目は過去の出来事をそのまま観とるつもりでおった。二周目は、高座に座った八雲が一席語っとる、と思いながら観てみなされ。どこで声が柔らかくなり、どこで言葉が少なくなるか。それが分かってくると、昔語りの手触りががらりと変わる。解讀
つまり、全部が八雲さんの一人語りの噺ってこと? それ、聞き方が全然変わりますね。
中段為止中盤の展開(第1期の終わりまで)點擊展開
昔語りの山場は、二代目助六が真打の披露の場で、落語協会会長の十八番の「居残り佐平次」を演じてしまうところからじゃ。それが会長への不敬と取られ、師匠の七代目八雲との口論の末に破門される。七代目の十八番は「子別れ」。親と子の別れを得意とした師匠が、弟子と別れる。二周目は、この演目の並びにぞっとした。
そして助六はみよ吉と四国へ渡る。迎えに来た菊比古と旅館で二人会を開いた、その夜のことじゃ。窓から落ちそうになったみよ吉を助けに行き、ふたりとも命を落とす。小夏が八雲を「父ちゃんを殺した」と恨むのは、この夜があるからじゃ。第1話で小夏がとげとげしく八雲に当たる場面を、二周目はこの夜を知った目で観ることになる。解讀[8]
鹿芝居と二つの芸
菊比古が自分の芸風を確立するきっかけになったのは、鹿芝居「弁天娘女男白浪」だった。二つ目の若手だけで演じたこの芝居で、菊比古は女形の弁天小僧をつとめ、喝采を浴びる。事實[4]
一周目は、菊比古がやっと自分の居場所を見つける晴れの場面として観た。二周目に観ると、あの舞台は「人に見られる自分」を引き受けた日に見える。助六は客を見て噺をする。菊比古は、客に見られる自分を磨く。同じ師匠の下で、同じ日に入門したふたりが、ここで違う道に分かれた。空手でも同じことがある。相手を見て打つ者と、自分の型を見せる者。どちらが正しいかではない。どちらも道じゃ。解讀
……私、どっちかっていうと見せるほうかも。型、きれいに打ちたいから。
見せる型も、型のうちじゃ。じゃが、たまには相手の顔も見てやれ。型は、相手がおって初めて生きる。喜好
松田さんの背中
二周目にいちばん目で追ってほしいのは、運転手で付き人の松田さんじゃ。松田さんが七代目に付いたのは、少年の菊比古と初太郎が弟子入りしてくるより前じゃ。七代目、八代目と、二代の八雲の身の回りの面倒を見てきた人じゃ。事實[5]
松田さんは、いつも少し後ろに立っとる。高座にも上がらん。言いたいことがあっても、たいてい黙っとる。一周目は気のいい付き人としか見とらんかった。二周目は、この人が画面の端に映るたびに、どこを見とるかを追う。師匠と弟子の話の一番そばで、半世紀以上それを見てきた人の目じゃ。解讀
結局·真相結末點擊展開
八代目八雲がついた決定的な嘘を、与太郎と作家の樋口は第2期で松田さんから知らされる。あの雪の夜に始まった昔語りには、八代目が隠していた真相があった。助六とみよ吉が落ちた夜のことを、八雲は自分ひとりで抱えて、その真相を隠していた。だから二周目は、昔語りのどこが八雲の守りたかったところなのかを考えながら観ることになる。
そして最終話で、95歳の松田さんは、菊比古と初太郎より先に七代目に弟子入りしたが芽が出ずに廃業し、そのあと世話係として雇われたのだと語る。噺家になれんかった弟子が、八雲の名を継ぐ噺家たちを一番近くで見届けた。俺はここで、湯呑みを置いた。師匠が弟子に渡せるのは芸だけではない。芸にならんかった者にも、居場所を渡せる。七代目はそれをした人じゃった。解讀[8]
名前を聴き比べる
もうひとつ、耳で拾ってほしいのが名前じゃ。この作品は、同じ人物が時期によって違う高座名で呼ばれる。菊比古と八雲、初太郎と助六。作品中的觀察
名前は、渡すことのできる数少ないものじゃ。芸は盗ませるしかないが、名前は手渡せる。二周目は、誰が誰の名前を口にするか、誰がその名前を嫌がるかに耳を立ててみなされ。名前を呼ぶ声の高さで、その人がその名前の持ち主をどう思っとるかが分かる。解讀
結局·真相最終話點擊展開
八代目八雲の十七回忌と、新しい寄席のこけら落とし。最終話はその日の話じゃ。与太郎は九代目有楽亭八雲の名を継いどって、一人称も昔の「オレ」から「アタシ」になった。
第1話で、師匠の高座に心を奪われた若いのが、最後には師匠の名前と言葉づかいを背負って座る。一周目、俺はここで、継いだことに泣いた。二周目は、変わらんかったところに泣いた。名前も一人称も変わったのに、あの人懐っこい目だけは、刑務所帰りのあの日のままなんじゃ。全部を写さんでも、芸は継がれる。解讀[8]
声を集めた人たち
最後に、作り手の話をひとつ。主な声の出演者を選んだのはオーディションで、指定された落語を3分間ぶんに抜き出した音源を出させたという。事實[7]
二周目に高座の場面を観るときは、目をつぶって聴く回を一度つくってみなされ。声の人たちが、噺家を演じながら、その噺家が演じる噺の中の人物まで演じとる。若いころと年をとってからで、同じ噺の運びがどう変わるか。昔語りと今の高座で、同じ人の声がどう違うか。耳だけで追うと、絵で観たときには気づかんかった年月が聞こえてくる。解讀
目をつぶって観るアニメって、初めて聞きました。……でも、型も目をつぶって打つ稽古ありますよね。
そうじゃ。見えんほうが、よう分かることもある。喜好
二周目は、雪の夜の場面で一度止めて、八雲の顔を見てから第2話へ進んでみなされ。そこから先は全部、あの人が語っとる噺じゃ。