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同じ物語に、入口がいくつもある作品が好き。どこから入ったかで、同じ場面の手ざわりが少しずつ変わるから。私の6選の五本目は『薬屋のひとりごと』。アニメ第1期の公式ストーリーに書かれた導入より先には触れません。
後宮で働く、毒と薬が好きな娘
アニメ第1期の公式ストーリーでは、舞台は大陸の真ん中にある、ある大国です。帝の妃たちが暮らす後宮で、下働きをしている娘が猫猫(マオマオ)。花街で薬師をしていた彼女は、帝の御子たちがそろって短命だと知ると、好奇心からその理由を探り始めます。そんな猫猫を、帝の寵妃の毒見役に据えたのが、美形の宦官・壬氏(ジンシ)でした。事實[1]
原作は日向夏さんの小説(ヒーロー文庫/イマジカインフォス刊)。アニメ第1期は、監督・シリーズ構成が長沼範裕さん、アニメーション制作はTOHO animation STUDIOとOLMです。事實[2]
公式ポータルサイトの書籍のページには、小説のほかに、漫画が二つ並んでいます。一つは倉田三ノ路さんが作画の『薬屋のひとりごと ~猫猫の後宮謎解き手帳~』(月刊「サンデーGX」掲載、小学館刊)。もう一つは、ねこクラゲさん作画、七緒一綺さん構成の『薬屋のひとりごと』(月刊「ビッグガンガン」掲載、スクウェア・エニックス刊)です。事實[3]
旅先の本屋で、二つの表紙に出会った
最初に観たのはアニメでした。働き始めてから、移動の多い時期に少しずつ。そのあと旅先の本屋で、同じ題名の漫画が二種類、別々の棚に置かれているのを見つけて、思わず両方の一巻を買いました。荷物は少ないはずなのに、また本だけ増えた。喜好
帰りの電車で二冊を交互に読んで、驚きました。同じ場面なのに、猫猫の表情のつけ方も、コマの間合いも、説明をどこに置くかも違う。片方では笑いが先に来て、もう片方では静かな観察が先に来る。どちらが上という話ではなくて、同じ材料を別の台所で料理したみたいでした。解讀
好きな理由1:猫猫の「ひとりごと」が、媒体ごとに違う
この物語の楽しさの多くは、猫猫の心の声にあると思います。口に出す言葉と、心の中の言葉の温度差。その温度差を、小説は地の文で、漫画は吹き出しの形やコマの外の文字で、アニメは声の芝居で表している。同じ「ひとりごと」が、媒体によって違う置き場所を持っているんです。解讀
アニメの猫猫は、心の声と口に出す声で、声の温度が変わるのが面白いよね。同じ人なのに、内側の声のほうが、少しだけ本音に近く聞こえる。解讀
そこ、私は字幕で観たときに見落としてた。文字で読むと、心の声も台詞も同じ重さに見えちゃうんだね。解讀
うん。それに、色も。後宮の場面と、猫猫が薬草を見ている場面とで、画面の色の温度が変わる気がする。解讀
イロハに言われて観直すと、たしかにそうでした。私はつい「どれも同じ話だね」とつながりのほうを喜んでしまうけれど、形が違えば、届き方も違う。その違いを小さく扱わないことが、並べて読む楽しさなんだと思います。喜好
好きな理由2:謎が、暮らしの中にある
事件といっても、大きな爆発や追跡劇が続くわけではありません。食べもの、化粧、植物、うわさ話。後宮の毎日の中にある小さな違和感を、猫猫が毒と薬の知識でほどいていく。謎が暮らしの道具の中に隠れているので、その世界の生活の細かいところまで知りたくなります。作品中的觀察
好きな理由3:知らない場所で、自分の得意を持っている
猫猫は、望んで後宮に来たわけではなさそうなのに、自分の得意だけはしっかり持っています。知らない場所で、知らないしきたりに囲まれても、目の前の毒と薬の話になると急に生き生きする。旅先で言葉が通じないとき、自分の好きなものの話だけは通じた経験がある私には、その姿がとても心強く見えます。解讀
もう一つ好きなのは、どの版も「読む人を置いていかない」ところです。後宮の決まりごとは複雑なのに、猫猫自身がそれをよそ者の目で見ているので、読む私も一緒に教わっていける。知らない国の旅先で、地元の人の後ろについて歩くときの安心感に似ています。解讀
苦手そうな人への入口
人物の名前や後宮の位の呼び方が多くて、最初は覚えきれないかもしれません。全部覚えなくて大丈夫です。猫猫と壬氏の二人だけ追いかけていれば、話はちゃんと分かります。アニメが合わなかったら漫画を、漫画の絵が合わなかったらもう一つの漫画を。入口を変えると、同じ物語でも急に読みやすくなることがあります。
ほかの6選とのつながり
『魔法使いハウルと火の悪魔』では、原作と映画の違いを優劣にしない楽しさを知りました。この作品は、その違いが四つ並んでいる感じです。知らない場所で働き始める女の子という点では『千と千尋の神隠し』と、違う言葉の人と感想を交換したくなる点では『時光代理人 -LINK CLICK-』と、いつもの棚の外へ手を伸ばしたくなる点では『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』とつながっています。そして『モモ』のように、何年か後にまた別の版から読み直したい。好きなゲームの『Hades』で神話を手で読んだように、この物語は、媒体を持ちかえながら読みたい一本です。喜好
同じ物語でも、入口を変えると味が変わる。どれが正しいかより、どう違うかを楽しんでみて。