最後の一本は、4コマのバンド漫画。どんな曲を、どこで鳴らすのかは書かない。俺はこの漫画を、ライブハウスの客席じゃなくて、動画を観る側の席から読んでいる。その話をする。
電気を消してから数本
この春、測量の会社に入って、隣の県で一人暮らしを始めた。夜は半額の弁当を食べて、ソシャゲのデイリーを片づけて、部屋の電気を消してから、スマホでこの漫画を数本だけ読む。四つのコマで一回笑って、次の四つでもう一回笑う。その区切りの短さが、眠る前の頭にちょうど合う。週末に洗濯物を乾かしているあいだにも、同じように数本だけ読む。続きが気になっても、まとめて読まない。一日の終わりに、少しずつ。それが一人暮らしの部屋で最初にできた、俺の決まりごとになった。喜好
新しい職場では、まだ自分から話しかけるのが得意じゃない。名前を覚えてもらうより先に、測った点の数字を覚えてもらっている気がする。そういう一日の終わりに読むと、この漫画の主人公が他人に見えない。喜好
作者は、はまじあき。芳文社の『まんがタイムきららMAX』に載っている4コマ漫画で、単行本は同じ芳文社のKRコミックスから出ている。事實[1]
人見知りのギタリスト
主人公の後藤ひとり、呼び名は「ぼっちちゃん」。ひどい人見知りで、ギターに夢中になってずっと一人で弾いてきたのに、友達が一人もできないまま高校生になってしまう。そんな彼女が、伊地知虹夏に声をかけられて、「結束バンド」に入ることになる。始まりはそこ。事實[1]
投稿するときの名前
ひとりは、上手くなったギターの演奏を動画にして、「ギターヒーロー」という名前でネットに投稿している。事實[3]
この漫画を好きな理由は、まずここにある。俺は毎晩、顔を知らない誰かの雑談配信を流している。どこに住んでいて、昼に何をしている人かは知らないし、知らなくていいと思っている。この漫画を読んでから、画面の向こうのあの人にも、教室で一言も話せなかった昼があるのかもしれない、と考えるようになった。解讀
動画の中の名前と、部屋の中の本人。その二つのあいだには距離がある。この漫画は、その距離を笑いながら描いている。笑いながら、でも、どっちかを嘘にはしない。投稿の名前も、部屋の隅でギターを抱えている本人も、どっちも同じ一人として描かれている。俺がこの漫画を信用しているのは、そこ。解讀
俺自身は、何も投稿しない。観る側にいるだけ。気に入った一コマを保存しても、自分のスマホの外に出したことは一度もない。だから、名前を変えてでも外に出していく人を見ると、少しまぶしい。出せない人間と、別の名前でなら出せる人間。その差は、思っているより小さいのかもしれない。この漫画を読んでいると、たまにそう思う。喜好
四つ目のコマで崩れる
二つ目は、崩れ方。ひとりは緊張すると、絵ごと崩れる。人の形を保てなくなるくらい大げさな描き方で、それが4コマの最後のコマに来ることが多い。笑う。笑ったあとに、少しだけ胸に残る。作品中的觀察
入社して最初の現場で、先輩に名前を呼ばれて返事をしようとしたとき、俺の頭の中もたぶんあんな形だった。外から見た俺は、ただ黙って三脚を抱えていただけだと思う。崩れているのが外から見えないぶん、漫画のひとりのほうが正直だ。喜好
手から先に前へ出る
三つ目。人前では言葉が出てこないのに、ギターを持つと、音のほうが先に前へ出ていく。言葉で前に出られなくても、手で前に出る道がある。俺の仕事も、少しそれに近い。話すのは得意じゃない。でも、黙って測った点の数字は、事務所の誰にでも同じように届く。声が小さい人間にも、届け方はある。解讀
好きなキャラクターを三人挙げると、一人目はひとりになる。強いからでも、かわいいからでもない。逃げ出しそうな顔のまま、弦の上でだけは逃げない。その一点だけで、俺には十分だった。喜好
4コマに慣れていない人へ
4コマは話が細切れで追いにくい、という人もいると思う。俺も最初は、一本ずつ笑って一本ずつ忘れていた。四本ぶんを一つの場面だと思って続けて読むようにしたら、話の流れが急に見えてきた。一本の4コマを一つのコマ、くらいに思って読むと、俺にはちょうどよかった。喜好
アニメから先に知った人は、漫画のほうで、同じ場面の間の取り方の違いを探してみるのも面白いと思う。動いて音が鳴るアニメと、四つの枠の中で止まっている漫画とでは、同じ一言の重さが変わる。俺はアニメを観てから4コマに来たから、漫画で同じ一言を読んだとき、その間の短さに少し驚いた。喜好
六本を並べ終えて
六本並べてみると、俺の好きなものは、だいたい画面の中で始まっている。親指で下へ送る漫画が二本。週に一度の更新を待った漫画と、一度に全部届いた読み切り。作者の個人のページから始まった漫画。最後のこれだけが紙の雑誌から来た4コマなのに、主人公は、画面の向こうで名前を変えてギターを弾いている人だった。解讀
二本目の『女神降臨』の主人公が、人前に出るために顔を作っていたのと、この漫画の主人公が、人前に出るために別の名前を使っていたのは、たぶん同じ側の話。並べ終えて、俺の好きなものは、どれも画面のこっち側と向こう側のあいだの話だったと気づいた。気づいたからといって、何かを変えるつもりはない。今夜も電気を消してから、数本だけ読む。解讀
画面の向こうの名前にも、部屋の中の本人がいる。そう思い出すと、毎晩流している配信の声が、少しだけ近くなる。
