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動畫·漫畫小知識

東映アニメーションの最初の名は「日本動画」

アニメの最後に流れる制作会社の名前。その名前は、ずっと同じだったわけではありません。東映アニメーションとProduction I.Gの公式の沿革を、ガクとノアが読み比べると、会社名が「旅」をしていました。

適合這樣的人
アニメのクレジットで見かける制作会社の名前に、昔の名前があったことを知りたい人へ。会社の公式の沿革から読める話です。
劇透範圍
無劇透 作品の展開には触れません(会社名の移り変わりのみ)
發言的人
Gaku × Noa
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好

エンドクレジットに出てくる会社の名前を、ノアは国ごとの呼び方で覚えるのが好きです。ガクが「その名前にも、昔の名前があるんだよ」と言って、二つの会社の沿革を並べました。

Shioru

会社の名前にも、昔の名前があるんですか? シオルは、名前はずっと変わらないものだと思っていました。

日本動画・日動映画・東映動画

会社の始まりは1948年1月だと、東映アニメーションの公式サイトの沿革にあります。東京都新宿区で「日本動画株式会社」として設立され、アニメを製作し始めました。社名が「日動映画株式会社」に変わったのは、1952年8月のことです。事實[1]

日動映画を東映株式会社が買収したのは1956年7月で、このとき社名が「東映動画株式会社」に改められました。事實[2]

Noa

最初の名前は「日本動画」なんだ。アニメーションじゃなくて、「動画」。

Gaku

そう。そして「東映アニメーション」という今の名前になるのは、ずっとあとなんだ。

同じ沿革の1998年10月の項目には、社名を変えて「東映アニメーション株式会社」になったと記されています。本社が東京都練馬区東大泉に置かれたのは、その翌年、1999年6月です。事實[3]

Gaku

つまり「東映動画」と名乗っていた時代が、40年以上あった。商店街の古い店が、代替わりで看板の文字だけ新しくするのに似ているね。中で働いている人の仕事は続いているのに、表の名前が時代に合わせて変わる。解讀

Shioru

王さまが代わるたびに、ギルドが紋章を描き直す……そういう名前の変わり方ですか?

Gaku

近いけど、ここが違って。たとえば1956年は、東映株式会社が日動映画を買収したときに名前が変わっている。王さまの交代じゃなくて、会社どうしの出来事がきっかけになることもあるんだ。事實[2]

アイジータツノコからProduction I.Gへ

Production I.Gの公式サイトにある沿革は、1987年が出発点です。この年、竜の子プロダクションから独立したタツノコ制作分室が、「赤い光弾ジリオン」というテレビシリーズの制作を受けました。「有限会社アイジータツノコ」が設立されたのは、同じ年の12月です。事實[4]

1993年9月の社名変更で付いた名前が、「有限会社プロダクション・アイジー」です。事實[5]

Noa

名前の中に、独立する前の会社の名前が入っていたんだ。「アイジー」と「タツノコ」が並んでいた時代がある。作品中的觀察

IGポートの沿革を見ると、2007年11月、会社は持株会社となってIGポートへ社名を変えています。主な事業の引き継ぎ先は、新しく分けて作った会社、株式会社プロダクション・アイジーでした。事實[6]

Gaku

制度の面から見ると、ここが面白い。「Production I.G」という名前は、2007年からは、グループの親会社の名前ではなく、制作を担う会社の名前になった。同じ看板でも、その看板が掛かっている建物の役割が変わったんだ。解讀

名前は翻訳のように変わる

Noa

「動画」が「アニメーション」になって、「アイジータツノコ」が「プロダクション・アイジー」になる。私には、言葉が別の言語に訳し直されていくのと同じに見える。どちらが正しいかじゃなくて、その時代にいちばん届く言い方を選び直してるんだと思う。解讀

Gaku

うん。名前の由来そのものは、沿革には書かれていないことも多い。だから僕らが言えるのは、「いつ、どの名前に変わったか」まで。それでも、古い作品のクレジットで昔の名前に出会ったとき、同じ会社だと気づけるのはうれしい。作品中的觀察

Shioru

昔の名前に出会っても、同じ会社だと気づける。シオルも、エンドクレジットの名前を覚えてみます。

東映アニメーションの最初の名前は「日本動画」。今の社名になったのは1998年10月だった。

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