日曜の夕方、駅前の書店。取り寄せを頼んでいた古いアニメ映画の本を受け取りに、ノアさんが来ました。レジで本を袋に入れながら、ソウマは表紙の題名から目を離せずにいます。「その映画、観た?」と聞かれ、ソウマは「……昨日、最後まで」と短く答えました。
5+3+8=16世の王
『王と鳥』(Le Roi et l'Oiseau)は、公開が1980年の、フランスのアニメーション作品です。脚本を書いたのはジャック・プレヴェールさん、監督を務めたのはポール・グリモーさんです。下敷きになった童話は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの「羊飼い娘と煙突掃除人」です。上映時間は87分です。事實[1]
国王の名はシャルル5+3+8=16世。この王はわがままで疑い深く、気に障った家来がいれば、スイッチを一つ押して「処分」してしまいます。城は砂漠の真ん中にそびえ、王は望めば何でも手に入るはずでした。それでも手に入らないものがあります。城の最上階、隠し部屋の壁に掛かった絵に描かれた、美しい羊飼い娘です。王は片思いをしていますが、娘が愛しているのは、隣の額縁に描かれた煙突掃除屋の少年でした。事實[1]
名前が足し算なんですよ。5と3と8で16。……権力者の名前を数式にした時点で、もう半分は笑ってる。支配者の話はたくさん読んだけど、名乗りからからかわれてる王は、あんまり見ない。解讀
スイッチ一つ、っていうところも気になった。何でも手に入る人が、絵の中の一人だけは手に入らない。解讀
……そこから先は、言わないでおきます。
先に出てしまった映画
最初の姿は、1952年に公開された『やぶにらみの暴君』(La Bergère et le Ramoneur)でした。製作に入って4年が過ぎても、作品はまだできあがっていません。かけたお金を回収したい共同製作者のアンドレ・サリュが、公開に踏み切りました。グリモー監督の考えとは食い違う形での公開です。事實[1]
グリモーさんが作品を自分の手に戻すまでには、長い時間がかかりました。民事裁判のすえ、権利とネガを買い戻したのが1967年。『王と鳥』として作り直すと決めても、製作資金がそろうまでにさらに10年。元のスタッフは年を重ね、亡くなった人もいました。新しく描き足した絵、別の声優が吹き込み直した声、ジョゼフ・コスマの曲を残したうえで迎えたヴォイチェフ・キラールの音楽。そうして1979年に完成し、翌1980年に公開されます。前身の『やぶにらみの暴君』は、グリモーさん自身の判断で、もう観られない作品になりました。プリントもビデオも回収されています。事實[1]
未完成のまま、人の手で外に出された。それを、自分で買い戻して、何年もかけて直して、前のほうは封印する。……構成の授業で聞いたら、一時間しゃべれる話です。解讀
封印、っていう言葉で、ソウマくんの手が止まったように見えた。
……別に。捨てるのとは違う、って思っただけです。ネガは残ってるらしいし。解讀
最初の題は、原作の題とほとんど同じ意味だと私は受け取った。羊飼い娘と煙突掃除人。それが日本では『やぶにらみの暴君』になって、作り直したあとは王と鳥。題名が、誰を主役に見るかで動いてる。フランス語の細かいところは、私は専門じゃないから話半分でね。有依據的推測
詩人が書いた脚本
脚本を書いたのはプレヴェールさん。詞を書いた作品にはシャンソン「枯葉」が、シナリオを手がけた作品には映画『天井桟敷の人々』があります。フランスの民衆詩人で、映画作家、童話作家の顔も持っています。難しい言葉を使わない詩を、一生書き続けた人でした。グリモーさんたちの劇団『10月グループ』とも縁があり、1932年に脚本を提供しています。女優のアヌーク・エーメさんのデビュー作などにも脚本で関わり、1作目の役名「アヌーク」が芸名になるとき、「エーメ」を添えてはどうかと提案したのもプレヴェールさんです。事實[2]
そのエーメさんが、1952年の『やぶにらみの暴君』で羊飼いの少女の声を担当しています。事實[1]
分かりやすい言葉の詩人が、王の名前を足し算にした。……俺みたいに難しい言葉を集めてた側からすると、ちょっと悔しいです。いい意味で。喜好
名前を付けるのが上手な人なのかもね。人の芸名にまで。解讀
日本で観た人たち
『やぶにらみの暴君』は1953年に日本で初公開されました。高畑勲さんや芝山努さんは、この映画を観たのをきっかけに、アニメの道を志しました。のちに日本のアニメを担っていく二人です。宮崎駿さんもこの映画に感銘を受けた一人で、宮崎さんの監督作『ルパン三世 カリオストロの城』などに、この映画の影響がうかがえるとの指摘があります。2006年、日本のミニシアターで『王と鳥』が劇場公開されました。公開したのはスタジオジブリなどです。事實[1]
影響が見られる、って指摘されてる、まで。俺はそこから先を言い切らないでおきます。どこが似てるかは、観た人がそれぞれ見つければいい。解讀
私なら、手帳に違うところを一行書いてから、似てるところを探す。順番を逆にすると、似てるところばかり見えちゃうから。喜好
87分の入口
俺、長い映画は途中で止めちゃうんです。でもこれは短めで、昨日は止めずに最後まで観られた。入口は、王の名前の足し算だけ覚えておくこと。その先は、自分の目で。喜好
じゃあ、この本を読む前に観る。作った人の話は、観たあとのほうが入ってくるから。喜好
……どうも。袋、もう一枚かけときます。雨、降りそうなんで。
『王と鳥』は、監督の意に沿わずに1952年に公開された『やぶにらみの暴君』を、監督のポール・グリモーが権利とネガを買い戻し、作り直した映画。