雨で漁が休みになった日の昼下がり。子どもたちが出かけて静かになった居間で、ゲンさんは破れた網を膝に広げていました。シズカは隣に座り、ほつれた子どもの体操着を繕いながら、少し前に観た映画の話を始めました。
葉っぱと芽という名前
ゲンさん、めんどりが主人公の映画、知っていますか。韓国の映画なんです。
めんどり? 鶏が主人公か! いいじゃん、それ!
『庭を出ためんどり』(英題 Leafie, A Hen into the Wild)は、2011年の韓国のアニメーション映画です。原題は『마당을 나온 암탉』。監督はオ・ソンユン(Oh Sung-yoon)さんで、同じ題名の本をもとにしています。韓国では2011年7月28日に公開され、上映時間は93分です。事實[1]
主人公のめんどりの名前は、英語でLeafie、韓国語でイプサク(잎싹)。「葉っぱ」(잎)と「芽」(싹)を合わせた名前です。イプサクは卵を産んでも、それを自分で抱いて温めることができません。母になるのが夢なのに。暮らしているのは養鶏場のケージの中で、まわりにも卵を産むめんどりがたくさんいます。事實[1]
葉っぱと芽か。めんどりなのに、植物の名前なんだな。
ええ。ケージの中にいる子に、外で育つものの名前がついている。私はそこで、もう少し背筋が伸びました。名前は、つけた人の願いですから。うちの子たちの名前を考えた晩のことも、思い出しました。解讀
あのときは、お前が全部決めたんだよな。俺は船の上だった。
ゲンさんは船からの短い電話で、毎回「いいじゃん、それ!」でしたよ。
卵を抱きたい
卵を産むのに、抱けない。母になりたいのに、なれない場所にいる。そこまで観たところで、私はもう縫う手が止まっていました。喜好
……ちょっと待ってくれ、目が……。 まだ始まったばっかりだろ。
ええ、まだ始まったばかりです。この先は、ご自分で観てくださいね。ゲンさんは、私が話すと泣く場面を先に知りたがるので。
卵を温めるのは、待つ仕事です。何もしていないように見えて、ずっと気を張っている。ゲンさんが海の上にいたころ、私の毎日もそういう仕事ばかりでした。だから、抱かせてもらえないつらさは、少しだけ分かる気がしたんです。解讀
……すまなかったな、あのころは。
謝ることではありませんよ。待つ仕事も、仕事のうちです。喜好
教室の鍵をもらった子
原作者のファン・ソンミ(黄善美)さんは、1963年に韓国の忠清南道洪城郡で生まれた童話作家です。1995年、短編で児童文学評論の新人文学賞、中編で農民文学賞をそれぞれ受けて、世に出ました。代表作『庭を出ためんどり』は、養鶏場のめんどりを主人公にした童話です。事實[3]
教室の鍵を、ある先生が渡してくれた。ファン・ソンミさんはその鍵で、好きなときに学校へ行き、本を読むことができたそうです。中学校には通っていません。家が貧しかったためで、5人きょうだいの2番目でした。高校へは、のちに検定試験を受けて入っています。事實[2]
鍵を渡した先生か。……いい大人だな、そいつは。喜好
授業を受けさせてあげることはできなくても、本のある部屋の鍵なら渡せる。できることを、黙って渡した人なんですね。5人きょうだいの2番目、というのも気になりました。うちの5人の、上から2番目の子の顔が浮かんで。解讀
2番目は、上も下も見てるからな。家のことを、いちばん黙って見てるやつだ。解讀
働く父の背中
この本は27の言語に翻訳され、漫画や演劇、ミュージカルにもなりました。出版は2000年です。もとになったのは、農家だった父の悲しく、苦しい暮らし。ファン・ソンミさんは、インタビューでそう話しています。英語版の題名は『The Hen Who Dreamed She Could Fly』です。事實[2]
ファン・ソンミさんの作品は、伝統と近代の交わるところ、自然と生きものの営み、自由を求めることを描いています。事實[2]
親父の暮らしを、めんどりの話にしたのか。
ええ。それを知ってから、養鶏場のケージの場面が、少し違って見えました。毎日同じ場所で働いて、それでも何かを夢見ている人の話なのかもしれない、と。これは私の受け取り方ですけれど。解讀
俺の親父も漁師だった。朝暗いうちから港に出て、帰ってきたら黙って網を繕ってた。……今の俺と同じだな。喜好
ええ。だから、この映画はゲンさんと観たかったんです。喜好
観るときは題名から
初めて観る人には、題名を二つ並べて覚えておいてほしいです。韓国語の題は「庭を出ためんどり」、英語の本の題は「飛べると夢見ためんどり」というような意味。どちらも、めんどりの夢の話から始まっています。喜好
今夜観よう。網はあと半分だ。
では、ティッシュを箱ごと用意しておきます。まずは、網を仕上げてしまいましょう。
『庭を出ためんどり』の主人公イプサクの名前は、韓国語の「葉っぱ」と「芽」。原作者のファン・ソンミさんは、農家だった父の暮らしをもとにこの童話を書いた。