年の瀬の少し前、山あいの古い町の宿。行き先を決めずに出かけた竜山とノアが、同じ囲炉裏端で鉢合わせしました。竜山は笑って茶を淹れ、ノアは旅先で買った本を一冊、膝に置きました。竜山の道場では、稽古納めの夜に弟子たちと一本の映画を観るのが習わしです。その一本の話になりました。
年の瀬の道場の一本
ははは、ええじゃないか。行き先を決めんで出てきて、同じ宿に転がりこむとはのう。まずは茶じゃ。熱いから気をつけえ。
いただきます。竜山さん、稽古納めまでには道場に戻るんですよね。今年も、あの映画ですか。
おう。弟子たちと観る。毎年、俺がいちばん声を出して笑うとるらしい。自分では気づかんのじゃ。喜好
『ルパン三世 カリオストロの城』は1979年の映画で、『ルパン三世』の劇場版アニメとしては二作目にあたります。原作はモンキー・パンチさん。宮崎駿さんにとっては、初めて監督した劇場映画です。事實[1]
宮崎さんは、脚本を書かずにこの映画を作りました。イメージボードを山ほど描いて構想を固め、絵コンテを描くのと並行して作業を進めるやり方です。監督の話は、もとは大塚康生さんに来たものでした。気乗りしない大塚さんから相談を受けて、宮崎さんが引き受けた形で、大塚さんは作画監督に回っています。宮崎さんが準備を始めたのは1979年5月。構想から数えても、かかった期間は「わずか半年」です。宮崎さんは、この作品で自分の体力の限界を初めて知った、と話しています。事實[1]
半年か。……体力の限界を知った、というのがええ。限界は、一度ぶつかってみんと分からん。道場でも、それを知った弟子から強うなる。解讀
頼まれた人が別の人に相談して、相談された人が監督になる。仕事の手渡し方としては、ちょっと不思議ですね。解讀
偽札を追って小さな国へ
物語は、盗んだ大金を偽札と知って、ルパンたちが捨ててしまうところから動き出します。モナコの国営カジノで、ルパン三世が次元大介、石川五ェ門と大金庫を破って手に入れた札束は、本物同然の幻の偽札「ゴート札」でした。偽物には手を出さない、というのがルパン家の家訓の一つです。札を車からばらまいて手放したあと、ルパンと次元はゴート札そのものを次の獲物に決めます。出どころと疑われているのは、ヨーロッパの小国カリオストロ公国。次の行き先はそこです。事實[1]
クラリスは、亡くなった大公の娘です。大公夫妻が世を去ってから国を治めているのは、摂政のカリオストロ伯爵。その伯爵から結婚を迫られ、逃げ出してきたところでした。公国に入ったばかりのルパンたちが見かけたのは、ウェディングドレス姿で車を飛ばすクラリスと、それを追う男たちです。わけもわからないまま、ルパンたちは彼女を助けに入ります。事實[1]
偽物には手を出さん、という家訓がええ。泥棒にも筋がある。俺は、筋の通った者が悪を出し抜く話に弱いんじゃ。時代劇と同じ骨よ。喜好
宮崎さんが描いたルパンは、これまでのイメージよりかなり年上です。ファンが知っている頃より場数を踏んだのだから、違って見えるのが自然だ、という考えでした。声の山田康雄さんの受け止めも同じで、演じたのは「おじさんルパン」でした。事實[1]
ははは、おじさんのルパンか。年をとると、走る前に段取りを考えるようになる。そういう者の身のこなしを、俺はつい目で追うてしまう。喜好
名前は1924年の小説から
竜山さん、私が今日この映画の話をしたかったのは、名前のことなんです。カリオストロもクラリスも、元の小説があるんですよ。
『カリオストロ伯爵夫人』は、モーリス・ルブランが1924年に発表した、『アルセーヌ・ルパン』ものの一作です。冒険の主役は、20歳のアルセーヌ・ルパンです。映画『ルパン三世 カリオストロの城』の題名は、この作品から来ています。ヒロインのクラリスの名も、小説に出てくるクラリス・デティーグ嬢にちなみます。事實[3]
日本では、同じ1924年の8月から12月にかけて、『東京朝日新聞』の夕刊に連載されました。訳者は保篠龍緒さんで、題は「ルパン怪奇探偵 妖魔の呪」。その後、『妖魔の呪』の書名で刊行されています。事實[3]
同じ年に海を渡って、題名がまるで違う姿になっている。どちらが正しいではなくて、入口の形が違う。そこが好きなんです。解讀
妖魔の呪、か。俺が子どものころの貸本屋に並んどったら、真っ先に手に取ったろうのう。題名は看板じゃ。看板で客の入りが変わる。喜好
城と町のモデルを訪ねる
設定では、カリオストロ公国の人口は3,500人。国連に加わっている国のなかで世界一小さい国です。城のモデルは、修復される前のプファルツ城。城下町の下敷きになったのは、宮崎さんが当時よく読んでいた『語りかける中世 イタリアの山岳都市・テベレ川流域』に載っている写真です。事實[1]
プファルツ城は、ドイツ西部の古城で、カウプという町(ラインラント=プファルツ州)にあります。建てたのは神聖ローマ皇帝のルートヴィヒ4世で、1327年のことです。ライン川の通行税を徴収する税関施設として、川の中州に築かれました。事實[2]
川の真ん中で通行税を取る城か。関所じゃな。ドイツの川にも関所があったとはのう。解讀
城はドイツの川の上、町はイタリアの山の上、名前はフランスの小説から。手帳の地図だと、線が三つの国にまたがっています。解讀
遠回りして集めたものを、一つの国にまとめる。旅の土産話と同じじゃ。……ノア、次はその川を見に行くか。喜好
行き先を決めないのが私たちの決まりですから、約束はしません。でも、手帳には書いておきます。
初めて観る人への入口
入口は、ルパンの策の段取りを追うことじゃ。組み立てが分かると、何倍も面白い。それ以上は言わん。弟子と観るときも、俺は先のことは一言も言わん。喜好
私は城下町を観ます。写真集の町が、どんなふうに映画の町になったのか。帰ったら元の小説も探します。見つかったら、竜山さんに知らせますね。喜好
おう、頼んだ。……さて、茶のおかわりじゃ。旅の話の交換は、まだ始まったばかりじゃからのう。
『ルパン三世 カリオストロの城』の「カリオストロ」と「クラリス」は、1924年のルブランの小説『カリオストロ伯爵夫人』から取られた名前。城のモデルは、ライン川の中州に建つプファルツ城でした。