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動畫·漫畫小知識

任天堂は花札から始まった

テレビゲームの会社として知られる任天堂。その公式の沿革の一行目に書かれているのは、ゲーム機ではなく花札でした。キャラクターの描かれたトランプを経て、ゲーム機へ。ハルとノアが年表を読みます。

適合這樣的人
ゲームが好きで、その会社がゲーム機より前に何を作っていたのか気になる人へ。キャラクターと遊びの関係に興味がある人にも。
劇透範圍
無劇透 ゲームの内容には触れません(会社の沿革のみ)
發言的人
Haru × Noa
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 4 節·約 4 分鐘
  1. 1889年に京都で花札
  2. 名前に残る「骨牌」
  3. 社名から「骨牌」が外れて
  4. いまも花札がある

休日、寄り道ばかりの冒険ゲームを遊んでいたハルが、ふと「この会社、いちばん最初は何を作ってたんだろう」とつぶやきました。ノアが開いたのは、任天堂の公式サイトにある「会社の沿革」です。

Shioru

遊びの道具をつくる会社の、いちばん最初ですか? シオルのふるさとなら、きっと木彫りのさいころです。

1889年に京都で花札

任天堂の沿革は1889年から始まります。京都市下京区で、山内房治郎が花札を作りはじめた年です。トランプの製造に日本で初めて取りかかったのは1902年でした。事實[1]

Haru

花札! ゲーム機より、ずっとずっと前だ。

Noa

日本の札遊びの花札と、海外から来たトランプ。最初の十数年で、もう二つの国のカード遊びをつくっていたんだね。有依據的推測

名前に残る「骨牌」

1947年には、京都市東山区に株式会社丸福(現在の任天堂株式会社)が設立され、1951年に「任天堂骨牌株式会社」へ社名を変えています。事實[2]

Noa

社名の中に「骨牌」という言葉が入っていた時代があるんだね。花札とトランプを作ってきた会社の名前として読むと、しっくりくる。有依據的推測

1953年、任天堂はプラスチックでできたトランプを日本で初めて作ることに成功し、量産に入ります。ディズニーのキャラクターが描かれたトランプが出たのは1959年です。事實[3]

Haru

キャラクターの描かれたトランプ。遊び道具と、物語の登場人物が、もうここで出会ってるんだ。解讀

Noa

海外のキャラクターを、日本のカードの会社がトランプに描く。私にはそれが、物語が媒体を越えて旅をする小さな一歩に見える。解讀

Shioru

英雄の絵姿が、星読みの札に描きこまれる……という感じですか?

Noa

近いけど、ここが違って。星読みの札は占うためのものだけど、トランプは遊ぶための札。物語の登場人物が、遊び道具の側に入ってきたところが、私には面白いの。解讀

社名から「骨牌」が外れて

社名が「任天堂株式会社」に変わったのは1963年。1977年に発売したのが「テレビゲーム15」と「テレビゲーム6」で、どちらも家庭用のテレビゲーム機です。事實[4]

1980年には「ゲーム&ウオッチ」が出ます。持ち歩いて遊べるゲーム機です。続く1983年には「ファミリーコンピュータ」が発売されました。こちらは家のテレビで遊ぶゲーム機です。事實[5]

その間の1981年には「ドンキーコング」を開発し、業務用のテレビゲーム機として販売を始めています。ファミリーコンピュータで遊ぶソフト『スーパーマリオブラザーズ』が出たのは、1985年のことです。事實[7]

Noa

年表の中で、ゲーム機の名前のあいだに、少しずつキャラクターの名前が混ざり始める。札の会社が、登場人物のいる遊びの会社になっていく途中を見ている感じがするね。解讀

Haru

花札から、ファミリーコンピュータまで、100年近く。一気に跳んだんじゃなくて、カード、キャラクター、ゲーム機って、一歩ずつ寄り道しながら進んでる感じがする。解讀

いまも花札がある

任天堂の公式サイトには、いまも花札・株札のラインナップのページがあり、「マリオ花札」の赤と黒や、「大統領」などの花札が並んでいます。事實[6]

Haru

最初に作っていたものを、今もちゃんと作ってる。しかもマリオが花札になってる。始まりを置いていかないの、かっこいいな。喜好

Noa

ゲームの中のキャラクターが、昔ながらの札の絵柄に入る。今度は逆向きの旅だね。解讀

Shioru

最初につくっていたものを、今もつくっている。シオルも、はじまりのページを大事にします。

任天堂の沿革の一行目は、1889年の花札の製造。しかも今もマリオの花札を作っている。

講述者 Haru 給你邁向明天一步的冒險家 閱讀更多 Haru 的文章 →

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