日曜の昼、レンタルカートの店。朝から降りだした雨でコースは閉まり、ハヤテとジンは待合所の軒下で並んで雨を眺めていました。ジンがヘルメットを指でたたきながら「師匠、走れねえ日は何してんだ」と聞きます。ハヤテは少し考えてから、音を聞いています、と答えました。
ゴミの山でひとり働くロボット
最近、『ウォーリー』を観直したんです。ジンさん、観たことありますか。
名前は知ってる。四角いロボットのやつだろ。
『ウォーリー』(原題 WALL・E)は、アメリカの長編アニメーション映画で、全編がCGです。公開は2008年。製作は、ピクサー・アニメーション・スタジオとウォルト・ディズニー・ピクチャーズの2社です。監督はアンドリュー・スタントンさん。日本の公開日は2008年12月5日でした。事實[1]
ウォーリーは、ごみを片づけるロボットです。それを、もう700年。人類が地球を離れてからずっと、ごみを押し固めて積み上げ、塔にしてきました。ほかのロボットは故障して止まってしまいましたが、ウォーリーは作業をやめませんでした。そうして過ごすうちに、システムの不具合がもとで、ウォーリーには感情が生まれていました。西暦2805年の地球は、汚れきったごみの山。人間はとうに見切りをつけ、大企業バイ・エヌ・ラージが旗を振る宇宙船アクシオム号の中で暮らしています。事實[1]
700年、ひとりでか。……契約にしちゃ長すぎだろ。
名前の由来は映画の中で明かされます。WALL・E は、Waste Allocation Load Lifter - Earth Class を縮めた呼び名です。体の中に取り込んだゴミは、立方体のかたまりに押し固められます。電池はソーラーパネルを使って太陽の光で充電。部品が壊れたら別のものに取り替えればよく、修理しやすい作りです。事實[1]
僕は、ここで好きになりました。部品を替えれば直せる。自分で充電できる。整備する側から見ると、すごくよくできた機械なんです。……あ、すみません。しゃべりすぎました。喜好
いい。続けろ。どうせ雨だ。
台詞の少ない始まり
ロボットに演技をさせるため、ストーリーとアニメーションのスタッフには、ほぼ1年続いた日課がありました。毎日、バスター・キートン(Buster Keaton)とチャールズ・チャップリン(Charlie Chaplin)の作品を1本ずつ観ることです。そうして得たのが、感情はどんなものでも言葉なしで伝わる、という確信だったといいます。映画の序盤には、ほとんど台詞がありません。登場人物の多くは声を持たず、身ぶりと、ベン・バートさんが作ったロボットの音で気持ちをやりとりします。事實[2]
ウォーリーの顔には、鼻も口もありません。目のもとになったのは、スタントン監督が野球を観に行った日に渡された双眼鏡でした。そこからキートンが頭に浮かび、このロボットに鼻と口はいらないと決めたそうです。ペットのゴキブリ「ハル」の名も、サイレント映画のプロデューサー、ハル・ローチ(Hal Roach)から取られています。事實[2]
カートに乗っていると、隣の人とは話せません。それでも、前の車のブレーキの踏み方で、次に何をしたいかは分かるんです。だから、言葉がなくても気持ちは伝わるって聞いて、僕はすごく納得しました。解讀
ギターのイントロも同じだ。歌が入る前に、客はもう分かってる。……別に、うまいこと言ったつもりはねえけど。解讀
声を作った音の人
英語版でウォーリーの声を担当したベン・バートさんは、この映画のサウンドデザインも手がけています。バートさんは『スター・ウォーズ』シリーズで音響エンジニアを務めた人で、R2-D2とチューバッカの声も、バートさんが作りました。事實[1]
バートさんは、絵ができあがるのを待ってから音を当てる、というやり方を取りませんでした。アニメーターと同時に作業を進め、音をつけた映像を返しては、次のアイデアの種にしてもらったのです。録った音の数は2,500。『スター・ウォーズ』1作で使う平均の倍です。事實[2]
音が先に行って、絵があとからついてくる。バンドなら、リズム隊の仕事だな。解讀
走る音は車のセルモーター
音は、場面ごとに別のものから集めています。ふだん動き回るときは、1950年製で未開封だった手回し発電機。速く走るときは、自動車のエンジンをかけるセルモーター(self-starter)。おなかの中でゴミを押しつぶす音は、車をぶつけ合う競技デモリション・ダービーで車がつぶれる音です。充電が満タンになると、Macintoshのチャイムが鳴ります。事實[2]
ここなんです。走る音が、エンジンの始動の音なんです。車がいちばん最初に出す音で、速さを表すって、僕はすごくいいと思いました。エンジンがかかる瞬間って、レースの前でも毎回少し緊張するので。……あ、また早口になってました。喜好
車をぶつけ合う競技、ってのは師匠的にはどうなんだ。
決められた場所で、決められた人がやるものです。道でやることじゃありません。……でも、その音をゴミを片付ける音にしたのは、おもしろいです。壊れる音が、片付ける音になってる。解讀
壊す音で片付けか。……悪くねえ。
観るときは耳から
初めて観る人には、最初は耳で観てほしいです。ウォーリーが動き出すとき、速く走るとき、ゴミを固めるとき。音が変わるたびに、何の音から作ったのかを思い出すと、言葉がなくても退屈しないと思います。その先の話は、観て確かめてください。喜好
700年ひとりで同じ仕事、ってとこだけで、俺はもう気になってる。……今夜観る。偵察だ。喜好
はい。雨、もう少しで上がりそうです。上がったら、一本だけ走りましょう。ブレーキは、早めで。
『ウォーリー』が速く走るときの音は、自動車のエンジンをかけるセルモーターの音から作られた。序盤の台詞がとても少ない映画で、気持ちは音と動きで伝わる。