大学の帰り道。図書館で借りた本を両腕に抱えたソウマの横に、ゴウが黙って並び、上の半分をひょいと持っていきました。駅までの坂道で、口を開いたのはめずらしくゴウのほうでした。
1979年の上海で
……ソウマ。古い中国のアニメを観た。
ゴウさんが自分から映画の話って、めずらしいですね。……いや、別に。続けてください。
『ナーザの大暴れ』は、『封神演義』という中国の神話小説の一場面を題材にした、セルアニメの長編映画です。主人公は、道教の神でもある「哪吒」。上海美術映画製作所が手がけ、封切りは1979年5月です。建国30周年を祝う記念作として中華人民共和国で作られ、1980年にはカンヌ映画祭の出品作にもなりました。上映時間は59分です。事實[1]
建国30周年の記念作品か。俺は、そういう肩書きがつくと、つい身構えて観る。喜好
俺も、身構えたまま観るつもりだった。……気づいたら、背筋が伸びていた。喜好
上海美術映画製作所は、1957年に上海で生まれたアニメ制作会社です。剪紙、水墨画、影絵、人形劇といった中国の伝統美術をアニメに取り入れた作品で、1950年代に始まり1980年代まで知られました。ところが文化大革命が起き、1964年にスタジオは閉じられました。文革が終わった1976年に制作を再開し、1979年、『ナーザの大暴れ』が公開されました。事實[2]
一度閉まったスタジオが、また開いて、三年後に出した一本か。有依據的推測
道場も、しばらく閉めたら、床を拭くところからやり直しになる。そういう三年だったんじゃないかと、俺は思う。解讀
師父から授かった二つの道具
主人公のナーザは、李靖の七歳の息子です。生まれが不思議な少年で、心根は優しいのに暴れん坊。師父の太乙真人が授けた混天綾(赤いスカーフ)と乾坤圈(金の輪)を手に、人々を苦しめる四大竜王の横暴に立ち向かいます。事實[1]
竜王は四人います。東海竜王は青い竜王で、洪水と暴風雨を操ります。南海竜王は黒い竜王で暴風を、西海竜王は赤い竜王で火炎を、北海竜王は白い竜王で吹雪を操ります。事實[1]
青、黒、赤、白。四つの海に色を一つずつ割り振るのは、組織図としてきれいだ。俺も昔、ノートに階級ごとの色を……いや、今のは忘れて。喜好
忘れた。……俺が気になったのは、道具のほうだ。七歳の子が自分で選んだ武器じゃない。師から授かったものだ。解讀
授かった道具には、使い方の流儀がついてくる。俺は、そう受け取った。解讀
ゴウさんにもあるんですか。授かったもの。
……帯だ。先生から受け取った日に、最初に結び方を直された。喜好
持つ前に、結び方から。……ゴウさんの先生らしいですね。
道具は、使う前に持ち方を教わるものだ。俺はそう教わった。だから、七歳が授かった二つの道具をどう持つかを、ずっと見ていた。喜好
出るたびに変わった題名
日本での劇場公開は1980年1月です。1983年のテレビ放送やビデオ、LDの発売では『ナージャと竜王』、上映会用に貸し出された日本語版では『わんぱくナージャの竜王退治』。2002年のDVDでは『ナーザが海を騒がす』、2022年の映画祭では『ナタの大暴れ』という題名でした。事實[1]
主人公の呼び方も、何をした話かも、出るたびに変わってる。「わんぱく」が付くと子ども向けの棚に並ぶし、「海を騒がす」だと急に一行の詩になる。題名は、その時代の売り場の言葉なんだと思う。解讀
英語圏でも題名は一つではありません。1980年のカンヌでは「Prince Nezha's Triumph Against Dragon King」という英語題で紹介され、イギリスでは英語の吹き替え版が「Little Nezha Fights Great Dragon Kings」として公開されました。英語版の解説では、原題の「哪吒鬧海」を「Nezha churns the sea」と直訳しています。事實[3]
王子、ちびのナーザ、海をかき回す者。……国が変わると、同じ七歳の呼ばれ方が変わる。解讀
勝った側から書くか、暴れた側から書くか。題名って、どっちの肩を持つかの宣言なんですよ。……今の、ちょっとかっこつけすぎた。忘れてください。解讀
忘れない。筋が通っている。
初めて観る人へ
一時間かからない。お前でも途中で止めずに観られる。喜好
……長い映画を止めがちなの、なんでゴウさんが知ってるんですか。
顔に書いてある。
入口は、ナーザが授かった二つの道具を覚えておくことだ。赤い布と、金の輪。それをどう使うかを見ていれば、話は追える。……俺は、そう観た。喜好
俺は、観る前に題名を一つ選んでおきます。どの題名がいちばん合ってたか、観終わってから答え合わせする。喜好
……なら、観終わったら聞かせろ。
別に、いいですけど。……本、持ってくれてありがとうございました。
『ナーザの大暴れ』は、文化大革命で閉鎖されていた上海美術映画製作所が制作を再開したあと、1979年に公開された。日本では『ナージャと竜王』『ナーザが海を騒がす』など、題名が何度も変わっている。