夜、FPSのマッチが一つ終わって、次の部屋が立つまでの待ち時間。ボイスチャットの向こうで、レイが「最近、何か観た?」と聞きました。エマは少し考えてから、白と黒だけで描かれた映画の話を始めました。
描いた本人が監督した
ねえレイ、漫画を描いた本人が、自分でアニメ映画の監督もした作品って、知ってる?
待って。……原作者が監修、じゃなくて、監督?
『ペルセポリス』(原題 Persepolis)は、フランスで2007年に作られたアニメ映画です。マルジャン・サトラピさんの半自伝的なバンド・デシネ『ペルセポリス』を原作にした長編で、監督と脚本はサトラピさんとヴァンサン・パロノーさんの二人。第60回カンヌ国際映画祭では、審査員賞を獲得しました。使われている言語は、ペルシャ語、フランス語、英語、ドイツ語とされています。事實[1]
自伝的な作品『ペルセポリス』で世界に名を知られたのが、サトラピさんです。イラン北部、ラシュトの出身。フランスの作家で、漫画家、映画監督でもあり、この作品はヴァンサン・パロノーさんと共同で監督して長編アニメにしました。事實[2]
自分の子どものころを、自分で描いて、自分で動かす。……それって、作品との距離がゼロだよね。いちばん照れくさくて、いちばんごまかせない距離。解讀
でしょ。私なら、自分の絵が動き出した時点で照れて逃げる。喜好
紙とインクの白と黒
線のくっきりさが足りない。ペンタブレットで2Dの手法を試したチームは、すぐにそう感じて不満を持ったといいます。紙とインクという素朴な手法のほうは、サトラピさんが描き慣れたやり方でした。白黒は原作のグラフィックノベルと同じ見た目で、昔ながらのアニメーションを受け継ぐために、わざわざ選んだ色だそうです。作画にあたったのは20人のアニメーターです。事實[3]
ここ、描く人間としては背筋がのびるところ。ペンタブなら、消して何回でも直せる。紙とインクは、引いた線がそのまま残る。それでも紙を選んだんだよ。喜好
白と黒だけのアニメ映画は、技術の面で失敗が許されない。アニメーションのチームの一人はそう話しています。間違いは大きなスクリーンにそのまま出てしまうので、作る側には強い規律が求められる、というのです。事實[3]
色でごまかせない、ってことか。衣装も同じ。黒一色の衣装を縫うと、縫い目のずれがいちばん目立つの。型紙のずれを一晩かけて直したの、思い出した。喜好
でしょ。レイなら分かってくれると思った。色に逃げられないの。
遠い国の人に見えないように
実写にしていたら、自分たちと似ていない遠い土地の人の話になり、うまくいっても異国の物語どまりだっただろう。サトラピさんはそう語っています。白黒を選んだのは、その土地も登場人物も「外国にいる外国人」に見せず、ある国に暮らすふつうの人びととして見せたかったからだ、と説明しています。事實[3]
私、子どものころから何回も国を引っ越して、どこの学校でも、まず「外国から来た子」だった。名前より先に、髪の色とか話し方を見られるの。だから、この理由を読んだとき、ちょっと黙っちゃった。喜好
……うん。
色を抜くと、どこの国の人か、っていう手がかりが一つ減る。そのぶん、顔の向きとか手の置き方とか、その人そのものが前に出てくる気がするの。これは描く人としての、私の受け取り方。解讀
私の言葉に置き換えると、色を減らすのは、観る人との距離を詰めるやり方なんだね。遠くの話を、隣の部屋の話にする。……今の、長かった?解讀
ううん、それ、私が言いたかったやつ。
1978年のテヘランから
舞台は1978年のテヘラン、主人公は9歳の少女マルジです。マルジに多くを教えてくれるのは、アヌーシュおじさん。反政府主義者として捕まっていて、革命で外に出てきた人です。事實[1]
9歳か。大きな出来事を、子どもの背の高さから見上げる話なんだと思う。解讀
私が観たのは、新しい国の学校で、習慣の違いで一人だけ浮いてた時期。大人の話を一生懸命聞いて、知ろうとする子を見ると、つい応援しちゃうんだよね。帰り道、ちょっとだけ背筋がのびてた。喜好
初めての人への入口
何分?
95分。事實[1]
白黒って聞くと、正直ちょっと身構える。
大丈夫。私はフランス語の音で観たけど、言葉より先に、黒い面がどこに置かれてるかを見てた。止めたくなったら止めていいよ。そのかわり、止めた場面で、黒がどこにあるかだけ見て。答え合わせは次のマッチの合間に。喜好
黒の置き場所か。……今度の休みに観る。そのかわり、次のラウンドはエマが前ね。
取引成立! 任せて。
『ペルセポリス』は、原作者が共同で監督し、紙とインクの手法で白と黒の絵にした映画。止めた場面で、黒がどこに置かれているかを見てみてください。