今日、どれくらい元気が残ってる? この話は『天元突破グレンラガン』を最終話まで観た人向けの二周目案内です。まだの人は、ここで引き返して第1話へ。展開に触れるところは全部、押すまで開かない箱に入れました。箱の外では、物語の行き先には触れません。
一周目は叫んで二周目は数える
小学生のころの僕は、この作品を勢いそのものとして浴びていました。放送が終わると決め台詞を叫んで布団に飛び込み、よく叱られた。二周目は大人になってからです。今度は叫ぶ前に、一つずつ数えてみることにしました。何を数えたかというと、題名と、歌と、小さな道具です。喜好
TVシリーズは全27話。テレビ東京系列の日曜の朝の枠で、2007年4月1日に始まって9月30日に終わりました。題名にある「天元」は、すべてのものが生まれ育つおおもと、という意味の言葉で、囲碁だと碁盤のまんなかのことです。事實[1]
盤のまんなか。二周目の僕は、これを「真ん中に立つ人の話」として受け取り直しました。ただ、真ん中に立つ人は最初から決まっていない。誰かが真ん中を空けて、誰かがそこへ歩いていく。その受け渡しを追うのが、今回の二周目です。解讀
題名を言っているのは誰か
サブタイトルは、総集編の第16話以外、どれもその回で登場人物の誰かが言った台詞です。言葉づかいや文字のデザインにも、部ごとにそれぞれの癖がある。事實[2]
一周目の僕は、題名を「今日の決め台詞の予告」くらいに思っていました。二周目は、毎話の頭で「この台詞を言うのは誰だろう」と考えてから観ます。そうすると、題名が物語の語り手を名指ししていることに気づく。台詞の主が替わるところで、物語の真ん中に立つ人も替わっているんです。解讀
中段為止序盤から中盤の展開(第1部〜第3部)點擊展開
各話リストを見ると、題名の台詞の主は、第1話から第8話がカミナ、第9話から第15話がニア、第17話から第22話がロシウ、第23話から最終話がシモンです。
第9話から題名を言い始めるのは、箱の中から見つかったニアです。二周目にここを観ると、題名の切り替わりそのものが、物語の真ん中に誰が立つのかという問いになっている。
そして第3部では、題名の主がロシウになります。シモンと対立する側に回る人の言葉で、毎話が始まる。一周目は腹を立てながら観た第3部が、二周目は「ロシウの話」として読めるようになりました。シモンが題名を言うのは、第23話から。主人公が自分の言葉で題名を言うまでに、22話かかっているんです。解讀[7]
題名の声の主を数えるって、ハルらしくない地道な観方だね。
自分でもそう思う。でも数えてみたら、物語の真ん中に立つ人が替わるたびに、題名の声もちゃんと替わってた。解讀
第1話と第8話を並べる
第1話のあらすじでは、シモンは地下のジーハ村の少年です。得意の穴掘りをしていて、小さく光るドリルと、とても大きな顔を掘り当てます。各話リストでは、第1話と第8話のスタッフ欄に、今石洋之、大塚雅彦、錦織敦史の同じ三人の名前が並んでいます。事實[3]
最初の一話と、第1部の最後の一話を、同じ顔ぶれが手がけている。二周目は、この二つを続けて観てみてください。穴の底でうつむいて掘っていた少年の目線の高さが、8話分でどれだけ変わったか。カメラがシモンをどの高さから映しているかを比べると、僕にはそれが一歩の大きさに見えました。解讀
結局·真相第1部の終わり(第8話)點擊展開
第8話のあらすじでは、ダイガンザンとの決戦を前にした夜、シモンはカミナとヨーコが二人きりで会っているところを見てしまう。そのせいで気持ちが散って、ラガンがうまく動かない。カミナに尻をたたかれて勝ちはしますが、カミナは深い傷を負い、そのまま死んでしまいます。第8話の題名は「あばよ、ダチ公」。そして第26話の題名は「行くぜダチ公」です。
一周目の僕は、第8話を「兄貴を失う回」としてだけ観ていました。二周目は、第1話でシモンの背中を押していたのがずっとカミナだったことを、押される側から数え直すことになる。第1話から第8話まで、シモンが自分から一歩を出した場面は何回あったか。数えてみると、少ないんです。だからこそ第2部の立ち上がりが重い。主人公以外の人が物語を前に進めていた時間が、第1部まるごとだったと僕は思います。解讀[6]
主題歌が二番に替わる日
オープニングの「空色デイズ」は、第1話から第16話までが1番、第17話から第26話までが2番を使っています。最終話の第27話では挿入歌として流れる。作品には二つの世界観があって、そのそれぞれのテーマが、歌詞の1番と2番に一つずつ当てはまるとされています。事實[4]
一周目の僕は、オープニングが替わったことにすら、しばらく気づきませんでした。二周目は、第16話と第17話の間でいったん止めて、歌詞カードではなく自分の耳で、言葉の向きがどう変わったかを確かめるのがおすすめです。前半は地面の下から空を見上げる歌に、後半は見上げた先で何を選ぶかの歌に、僕には聞こえました。解讀
中段為止第3部の始まり(第17話)點擊展開
第3部の始まりは、それから7年後です。地下を抜け出した人類は地上で穏やかに暮らしていて、シモンたちは自分で作った新政府の仕事に追われている。やがて、揺れる人々を落ち着かせようと、ロシウはシモンを捕まえて閉じこめてしまいます。
歌が2番に替わるのは、この第17話から。一周目の僕は、勝って終わったはずの物語がなぜまた苦しくなるのかと戸惑っていました。二周目は、歌が替わった瞬間に「ここからは勝ったあとの話だ」と身構えられる。勝つことと、勝ったあとで人を守ることは、別の仕事なんです。解讀[8]
小さなドリルを目で追う
コアドリルは、シモンが見つけた親指ほどの小さなドリルです。ラガンを起動させる鍵でもある。事實[5]
二周目に僕がいちばん楽しかったのは、このドリルが誰の手の中にあるかを追いかけることでした。首から下げられている場面、握られている場面、差し込まれる場面。大きなロボットが画面を埋め尽くす作品なのに、物語の芯は親指ほどの道具が運んでいる。派手な合体の場面でも、ちょっとだけ視線を手もとに落としてみてください。解讀
大きいものより、手の中の小さいものを見るの、私は好きだな。お守りみたい。喜好
結局·真相結末點擊展開
最終話のあらすじでは、戦いが終わり、シモンとニアの結婚式が開かれますが、その途中でニアは消えてしまいます。シモンはギミーにコアドリルを渡して、旅立つ。それから20年。旅を続けるシモンは、平和会議へ向かって飛んでいく隊を見上げ、最終話の題名と同じ言葉を口にします。コアドリルは、ギミーやダリーたち「次の世代」の手に渡ったと書かれています。エピローグで語るシモンの声は、菅生隆之さんです。
第1話で穴の底からドリルを拾い上げた少年が、最後にそれを手放す。一周目の僕は、ここを寂しい別れとして泣きました。二周目は、受け渡しの場面として観ました。カミナがシモンの背中を押したように、今度はシモンが誰かの手にドリルを置いていく。真ん中に立つことの最後の仕事は、真ん中を次の人に空けることだったんだと思います。声が別の人に替わるのも、時間の長さを耳で伝えてくれる仕掛けに聞こえました。解讀[9]
二周目のための見方メモ
一つめ、毎話の始まりで題名を声に出して読み、言いそうな人を当ててから観る。二つめ、第16話と第17話の間でオープニングを聴き比べる。三つめ、合体の場面ではドリルを握る手を探す。全部やらなくて大丈夫。一つだけで、同じ27話がちがう道に見えてきます。喜好
ハル、二周目は布団に飛び込まなかった?
……一回だけ飛び込んだ。でも今回は、叫んだあとで誰かに何かを渡したくなった。それが一周目とのちがいかな。喜好
二周目は第1話の題名を聞いたら、その台詞を誰が言っているかを確かめる。真ん中に立つ人は、題名と一緒に入れ替わっていく。