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日常

終電まで十八分、解釈は一つにならない

劇透範圍 無劇透 どの作品も、紹介文で分かる範囲まで。物語の展開と結末には触れません

閉店の音楽に追い出されたスイとレイ。駅までの坂道で、描かれていないところを埋めたいレイと、空けておきたいスイが、ゆっくり言い合う。仕事の呼び出しには四十秒で片をつけたレイが、次の通知で一歩も動けなくなった。

適合這樣的人
好きな二人の「描かれていないところ」を、つい考えてしまう人へ。考えたくない人にも。
發言的人
Sui × Rei
回家路上 カフェから駅までの坂道 金曜、終電の二十分前

閉店の音楽に追い出されるように、二人はカフェを出た。終電まで十八分。駅までは、ゆっくり歩いて十二分。

Rei

テンちゃんは元気?

Sui

元気。最近、私が寝たあとに、本を読んでるみたいなの。朝になると、しおりが少し進んでる。

Rei

推測だけど、スイが寝ぼけて読んでる。

Sui

そうかも。……そうじゃないかも。

Rei

冬のイベントの衣装、決めた。カノンの衣装も手伝ってるから、型紙が二人分。

Sui

レイは、手伝うとき、何も言わないで手伝うよね。

Rei

言うと、相手が遠慮するから。縫い目は、黙ってても通じる。

Rei

六分余る。

Sui

余らせる?

Rei

余らせない。話の途中だから。

レイは仕事帰りで、肩に小さなリュック。中身はノートパソコンと、充電器と、予備の充電器。スイの鞄には、文庫本が一冊と、なぜか折りたたみ傘が二本入っている。

Sui

ギヴンって、ロックバンドの子たちのお話だったよね。[1]

Rei

そう。待って、さっきの続き。あの二人。ここから私の解釈ね。片方はたぶん、自分が救われてたことに気づくのに、相手よりずっと時間がかかる。音のほうが先に届いてて、言葉があとから追いつくの。言葉より立ち位置。スタジオで、どっちがどっちのほうを向いて立ってるか。あそこ、一回止めて見てほしい。

Sui

私も、あの場面は好き。……でも、それは描いてあった?

Rei

描いてない。だから解釈。

Sui

うん。私は、描いてないところは、空けておきたいの。そこに私の気持ちを置くと、あの子の沈黙を、私の都合で埋めちゃう気がして。

Rei

空けておくのも、解釈だよ。

スイは少し考えてから、うなずいた。坂の途中の自販機が、二人の横顔を白く照らして、すぐに後ろへ下がっていく。

Sui

……そうかも。空けておく、っていう読み方をしてるんだね、私。

Rei

でしょ。私は埋める。スイは空ける。どっちも公式じゃない。そこさえ分けておけば、喧嘩にならない。

Sui

レイのそういうところ、助かる。

Rei

……今の、長かった?

Sui

ちょうどよかった。

坂の途中、シャッターの下りた花屋の前を過ぎる。明日の入荷を知らせる手書きの紙が、雨よけのビニールの下で少し波打っていた。

Rei

スイは、誰かを好きになるところ、名前がつく前と後なら、どっちが好き?

Sui

前、かな。まだ何の気持ちか分からないとき。

Rei

私は後。名前がついたあとに、二人がそれをどう扱うかを見たい。……仕事と一緒。障害って、名前がつくまでがいちばん怖いけど、名前がついたあとのほうが、人の性格が出る。

Sui

障害に、性格が出るの?

Rei

出る。夜中の三時に、どの順番で何を確かめるか。人によって全然違う。だから私、関係も手順で見ちゃうのかも。誰が先に、どこを確かめたか。

Sui

それは、すごくレイらしい読み方だと思う。私は、そう受け取った。

Rei

……それ、褒めてる?

Sui

褒めてる。

Rei

スイは、黙ってる人の味方だよね。作品の中でも、外でも。

Sui

味方、なのかな。黙ってる人が、黙っていたいのか、言えないだけなのか、そこを分けたいだけ。分けないで助けると、その人の黙る自由まで取っちゃうから。

Rei

……それ、障害対応にも欲しい考え方。鳴ってないアラートが、静かなのか、壊れてるのか。

Sui

レイは、何でも仕事につながるね。

Rei

スイは、何でも気持ちにつながる。

残り十四分。塀の上の黒い猫が、二人が通りすぎるのを最後まで目で追っていた。

レイのスマホが、短く二回震えた。仕事の呼び出しの鳴り方だった。レイは歩く速さを少しも変えずに画面を開き、親指だけで何かを打ちこみ、四十秒で閉じた。

Sui

大丈夫?

Rei

大丈夫。見張りの仕組みが一つ、勘違いして鳴っただけ。明日の朝、設定を直す。

Sui

落ち着いてるね。

Rei

仕事はね。手順どおりにやれば、だいたい終わるから。

その直後、もう一度スマホが震えた。今度は鳴り方が違った。画面を見たレイが、坂の途中で完全に立ち止まった。

Rei

待って。待って待って待って。

Sui

また呼び出し?

Rei

違う。推しの新情報。……待って、無理。いま一秒も落ち着けない。

Sui

さっきの四十秒の人と、同じ人?

Rei

同じ人。だから困ってる。

Sui

どんな情報?

Rei

言えない。言ったら、明日の朝まで落ち着けない人が二人になる。

Sui

私は、たぶん落ち着いてる。

Rei

スイは落ち着いてるふりがうまいだけ。

スイが笑った。レイも笑った。撮影のときに作る顔とはまるで別の、くしゃっとした顔だった。残り九分。

Sui

私のスマホ、あと二パーセント。

Rei

貸す。充電器、二つある。

Sui

二つも。

Rei

一つは予備。予備がないと眠れない。

Sui

私は、傘が二本ある。

Rei

それは予備じゃない。たぶん誰かの。

Sui

……そうかも。

レイは歩きながらリュックから充電器を出し、スイのスマホにつないだ。線が一本、二人のあいだに渡る。歩幅がずれると抜けてしまうので、二人とも少しだけ、歩くのが遅くなった。

Rei

スイは最近、何読み返してる?

Sui

3月のライオン。前は、誰かを助けることと、助けられることの話として読んでたの。でも今回は、助けられた人が、助けてくれた人に何を返すのか、のほうが気になって。

Rei

返す。

Sui

うん。お礼を言うとか、何かを渡すとかじゃなくて。……元気でいること、とか。そういう返し方もあるのかなって。

Rei

それ、スイがいま誰かに返したいものがある顔してる。

Sui

……少し考えてから、返事するね。

Rei

出た。

Sui

小さいころね、フルーツバスケットの一冊を友だちに貸したら、戻ってこなかったの。言い出せなくて、同じ巻をもう一冊買った。

Rei

言えばよかったのに。

Sui

言えなかったから、二冊になった。でも、二冊あると、片方をまた誰かに貸せるでしょう。それはそれで、よかったの。

Rei

……それは違う、って言いたいけど、言えない。いい話だから。

Sui

八パーセントになった。ありがとう。

Rei

それ、終電まで持つ。

スイがケーブルを外して返す。レイはそれを、くるくると同じ太さに巻いてから、リュックの決まったポケットにしまった。

駅の明かりが見えてきた。改札の手前で、スイが鞄の中をのぞき、あ、と小さく言った。

Sui

これ。レイの傘。先月、たぶん私が持って帰ってた。

Rei

探してた。会社に置き忘れたと思って、もう一本買った。

Sui

ごめんね。ずっと鞄に入ってたのに、気づかなかった。

傘が、手から手へ渡る。ちょうどそのとき、駅前のアスファルトに、ぽつ、と黒い点が一つ落ちた。二つ、三つ。

Rei

……降ってきた。

Sui

大丈夫、私、もう一本ある。……あれ、これも誰のだろう。

Rei

スイ。

Sui

うん。

Rei

それは、ちゃんと持ち主に返して。で、これは持ってて。

レイは、受け取ったばかりの自分の傘を、スイの手に戻した。

Sui

でも、いま返したばかり。

Rei

次に会うとき、また返して。返すものがあると、次の約束が勝手にできるから。……今のは、私の解釈。

Sui

……公式にしてもいいよ、それ。

発車のベルが鳴りはじめる。レイは改札を駆け抜け、階段の途中で一度だけ振り返って、スマホの画面をスイに向けて振った。推しの新情報のほうの画面だった。

スイは傘を二本抱えて、自分のホームへ降りていった。部屋では白い猫が待っている。たぶん今夜も、開いたままの本のしおりが、朝までに少しだけ進んでいる。

ホームで、スイは充電が九パーセントになったスマホを開き、レイに短く送った。「さっきの、少し考えてからの返事。返したかったのは、たぶん傘じゃなかった」。既読は、電車が動きだす前についた。

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