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日常

人ひとりぶん空けて海を見る

劇透範圍 無劇透 『Free!』は、第1期の始まりの設定(小学生のころ同じスイミングクラブにいた遙・真琴・渚が、クラブの取り壊しをきっかけに昔の仲間と再会し、高校に水泳部を作って、陸上部の怜を誘うところ)と、登場人物の紹介にある性格まで。大会の結果や物語の展開には触れません

『Free!』の町のモデル、鳥取県岩美町へ。同じ日に同じ駅へ行くと分かって、一緒に回ることになったレイとタカシ。作品の話しか通じない二人の旅は、タカシが別の車両に乗ったところから始まる。

適合這樣的人
作品の話ならできるのに、作品の外ではうまく話せない相手がいる人へ。ほめられ方ひとつで、相手の見え方が変わった覚えのある人にも。
發言的人
Rei × Takashi
聖地巡禮 鳥取県岩美郡岩美町(JR山陰本線・岩美駅から、町営バスで浦富海岸まで) 十一月の土曜、昼前から夕方まで

鳥取駅から東へ向かう山陰本線の普通列車で、レイは前の車両の窓ぎわに座った。発車のベルが鳴る直前、作業着の上にコートをはおった男の人が、ホームを小走りに来て、後ろの車両に乗りこんだ。タカシだった。

二週間前、メンバーのチャットに、レイは一行だけ書いた。十一月の第三土曜、岩美駅へ行く。返事は一つだけついた。「私もその日に参ります。差し支えなければ、ご一緒させてください」。それきり、二人のあいだの言葉は、乗る列車の時刻だけだった。

岩美駅のホームに降りると、海の匂いが少しした。後ろの車両から、タカシが降りてきた。目が合うと、タカシは深く頭を下げた。

Takashi

おはようございます。鳥取駅では、お見かけできなかったもので。

Rei

前の車両にいた。ホームから見えてたはず。

レイは返事をしなかった。話す前に距離を取られることには、慣れている。慣れているのと、腹が立たないのとは、別だった。

浜坂方面へ向かう上りが着く1番のりばの側に、木造の駅舎があった。無人駅で、駅舎は開設当時のものだという。

Rei

作品の町の岩鳶町は、この岩美町がモデル。[4]

Rei

この駅は、作品に出てくる岩鳶駅のモデル。[2]

Takashi

駅舎の竣工は、開業の七か月前、明治四十二年の十一月だそうです。ちょうど百年以上前の、今ごろの季節に建ったことになります。[2]

駅舎を出ると、レイは駅前の道の端まで下がって、建物の正面を一枚だけ撮った。タカシは駅舎の入口の前に立ったまま、携帯電話を構えていた。レイとのあいだには、人ひとりぶんより広い間が、きっちり空いていた。

Rei

撮るなら、こっち。入口の前に立つと、列車を降りてきた人の通り道になる。

Takashi

それから、ひとつ先にお伝えしておきます。この町には、作品の学校のモデルとされる場所があるそうですが、私は行きません。ふだん生徒さんが通う場所ですので。

Rei

私も行かない。最初から予定に入れてない。

Rei

浦富海岸まで、町営バスで十分くらい。[3]

バスを待つあいだ、ベンチの両端に、二人は座った。真ん中に、また人ひとりぶんの空きができた。

Rei

タカシさん。『Free!』、ほんとに観たの。それとも、話を合わせるために来たの。

Takashi

観ました。夜に、一話ずつ。戦記ものの合間に、分析しないで観る作品を一本だけ持つことにしていまして、その一本でした。……チャットでレイさんが岩美駅と書かれたのを見て、あの駅かと思ったら、返事を打っていました。

Rei

なら、作品の話をして。そっちのほうが、時刻の話よりずっといい。

バスが来た。二人は前と後ろの席に分かれて座ったが、今度は、タカシのほうから身を乗り出してきた。

Takashi

京都アニメーションの制作で、第1期は、私が四十になる手前の夏に放送されました。[1]

第1期は2013年7月〜9月放送

Rei

最初は夜中の忍びこみ。遙と真琴と渚が小学生のころ通ってたスイミングクラブ、あそこが取り壊されるって聞いて、三人で入りこむの。そこで、昔の仲間に会う。[1]

Takashi

それがきっかけで、渚の言い出しで高校に水泳部を作ります。私は、作るところがいちばん好きです。人が四人いれば、もう組織ですから。[1]

Rei

私が好きなのは、プールサイドで誰が誰の隣に立つか。立ち位置が、そのまま関係の宣言になってる。あの作品、泳いでる場面より、泳ぐ前に並ぶ場面のほうが、関係をたくさんしゃべってる。

浦富海岸のバス停で降りたとたん、風が強まった。入り組んだ海岸が十五キロほど続いていて、島や岩が海に散らばる眺めから、山陰の松島という呼び名もあるらしい。十一月の海の色は、夏の海水浴場の写真で見た色とは違っていた。

砂浜へ下りる道の途中で、レイの携帯電話が震えた。会社の番号だった。今日の当番は、入って二年目の後輩のはずだった。

Rei

……はい。落ち着いて。何時から。……さっきの変更、何時に入れた。……分かった。原因は、いま探さない。先に戻す。変更前の設定、手順書の何番に残ってる。

レイは人の通らない石段に腰を下ろし、膝の上でノートパソコンを開いた。声は低く、短く、途切れなかった。タカシは少し離れた手すりのところで、海のほうを向いて立っていた。

Rei

戻した値、読み上げて。……合ってる。じゃあ、そのまま五分待つ。数字が戻ったら、私に一行だけ送って。原因は月曜に一緒に見る。あなたのせいじゃない。手順書に、戻し方を書いてなかった私の手落ち。

十二分後、一行が届いた。全部戻りました。ありがとうございました。レイはパソコンを閉じ、長く息を吐いた。手すりのところで待っていたタカシが、こちらを向いた。

Takashi

ひとつ、うかがってもよろしいですか。原因を探す前に、元に戻すと決められました。それも、電話を受けてから一分もかからずに。どうして、あの順番にされたのですか。

レイは少し驚いた。顔のことでも、服のことでもない質問を、男の人から受けるのは久しぶりだった。

Rei

原因を探してるあいだも、困ってる人がいるから。止血が先。それと、新人は、壊したと思うと原因を探したがる。自分のせいかどうか確かめたくて。そのあいだに傷が広がる。だから、探さなくていいって先に言う。

Takashi

私の会社でも、以前、大きな事故がありました。まず止めることを決めてくれた人たちがいて、被害が広がらずに済みました。私自身は、原因と責任の話を先にしたがって、止められました。順番を、私は間違えるほうの人間です。

Takashi

ですから、さきほどの判断は、正しかったと思います。それから、最後の一言も。手順書に書いていなかった自分の手落ちだと、後輩の方に先に言われた。あれは、なかなか言えません。

レイはしばらく黙って、海を見ていた。仕事の判断の話だった。判断の話なら、この人の言葉は、たぶん信用していい。

Rei

……ありがとう。それは、受け取る。

Rei

それと、さっきの列車。避けたなら、理由を言って。言わずに避けられるのが、いちばん困る。

Takashi

……落ち着いた雰囲気の女性の前に出ると、私は身構えてしまうのです。昔、高い勉強代を払いまして。レイさんのせいではなく、私の古い傷です。それを言わずに車両を分けたのは、失礼でした。申し訳ありません。

Rei

分かった。理由が分かれば、いい。私も、男の人を雑にひとくくりにするとこがある。それは私の偏り。……おあいこ。

砂浜へ下りた。東のほうは遠浅の砂浜で、西へ行くと花崗岩の断崖や洞門が続いている。夏はにぎわうという浜に、いまは二人と、遠くを歩く犬連れの人だけだった。

Takashi

この海岸は、昔はキャンプの人でたいへん混んだそうです。ごみや、住んでいる方の資材を持ち出す人まで出て、町は一九七一年に、キャンプを禁止する条例を作りました。いまも生きている条例だそうです。[3]

Rei

来る人が、来る人の居場所をなくした話。私たちも、駅の入口と同じ。来させてもらってる側。

Rei

怜の話、していい。陸上部から誘われて入ってくる子。竜ヶ崎怜。[1]

Takashi

あの人は、理論と計算で競技と向き合って、そこから生まれる美しさにこだわっていましたね。陸上部では棒高跳び。水泳は不自然で、人間のやることとして美しくないと思っている。おまけに、本人は泳げないんです。[1]

Rei

それと、いつも丁寧語。怒ったときだけ、丁寧語じゃなくなる。[1]

Rei

最初に観たとき、名前の読みが同じだから、自分に似てるのかなと思った。手順と根拠で動くとこも。でも今日、分かった。似てるのは、あなたのほう。丁寧語の奥で、ずっと計算して、怖いものを避けてる。……今の、長かった?

Takashi

いえ。……そうかもしれません。私の丁寧語が崩れたところを、見た人はほとんどいません。

Rei

これは私の見立て。怜は、遙が泳ぐのを見て、理屈より先に体が動く。たぶん、丁寧語が崩れるのも、同じところから来てる。崩れるのは、悪いことじゃない。

Takashi

……遙は、鯖が好きでしたね。毎食のおかずにして、お茶請けにまで出そうとする。[1]

Rei

急に何。

Takashi

駅の近くの食堂に、焼き魚の定食があるようでしたので。帰りの列車までに、いかがかと。……その、普通に、お誘いしています。

レイは、笑わされた顔をした。カメラの前で作る顔とは、まるで別の顔だった。

Rei

行く。鯖があったら、鯖にする。

浜から上がる石段の手前で、レイは立ち止まった。並んで海を見ていた二人のあいだには、朝と同じ、人ひとりぶんの空きがあった。レイは携帯電話の解釈メモを開いて、一行打った。

朝の空きは、避けるための空き。いまの空きは、二人とも海が見えるための空き。幅は同じ。意味が違う。

帰りの普通列車で、タカシは、レイと同じ前の車両に乗った。通路をはさんだ向かいの席に座り、鳥取駅に着くまで、作品の第何話がいちばん好きかという話を、丁寧語のまま、少しだけ早口でした。

本文中的作品

Free!
動畫 2013 · TV系列
講述者 Rei 沉默寡言卻一談關係就停不下來的工程師 閱讀更多 Rei 的文章 →

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