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日常

いちばん後ろから見ると丸い

劇透範圍 無劇透 『結城友奈は勇者である』は、神世紀300年の四国で、讃州中学の友奈が「勇者部」の仲間と人の役に立つ活動に励んでいるという、第1話の始まりの設定まで。その日常がどう変わるか、物語の展開と結末には触れません

『結城友奈は勇者である』の讃州市のモデル、香川県観音寺市へ。ゆうべのライブの客席のいちばん後ろに、今日も腕を組んで立っていたゴウ。観音寺駅で鉢合わせたカノンは、勇者部にならって、その人を巡礼に誘う。

適合這樣的人
応援していると言えない人と、応援されていると気づいている人へ。遠くからのほうが、よく見えるものがあると思う人にも。
發言的人
Kanon × Go
聖地巡禮 香川県観音寺市(JR観音寺駅から、有明浜の銭形砂絵と琴弾山の展望台まで) 十一月の日曜、昼前から日暮れまで

十一時すぎ。予讃線の観音寺駅で電車を降りたカノンは、駅名標の下に書かれた一行を読んで、声を上げた。「砂浜に銭形のある駅」。そこへ、隣の車両から、角刈りの大きな人が降りてきた。

Kanon

ゴウさん!? ゆうべ、高松のライブの、いちばん後ろにいましたよね。腕、組んで。

Go

……用事だ。こっちに。

Kanon

よかろう、ではついて参れ、苦しゅうない……じゃなくて! 私、これから聖地巡礼なんです。よかったら、一緒に行きませんか。

Go

……用事の途中なら、いい。

駅舎の上に、三連のアーチのモニュメントが載っている。市内の三架橋をかたどったものだ。カノンはそれを見上げてから歩きだした。休日には市内のコミュニティバスが基本的に動いていないと、前もって調べてあった。そもそも、財布にも余裕がなかった。

ゴウは、三歩うしろを歩いた。カノンが振り返ると、三歩うしろにいる。止まると、三歩うしろで止まる。ライブのあと、駅まで少し離れて歩いて帰るときと、同じ距離だった。

Kanon

あの、隣、空いてますよ。

Go

……ここでいい。それより、何の巡礼だ。

Kanon

『結城友奈は勇者である』です! 私がランドセルに慣れてきたころに放送したアニメで、物語の舞台の讃州市は、この観音寺市がモデルなんです。[1]

2014年秋放送

Kanon

時代は神世紀三百年の四国。主人公の友奈ちゃんは中学二年生で、「勇者部」っていう部活に入ってます。親友の東郷さんと、部長の風先輩と、その妹の樹ちゃんの四人で、人の役に立つためにいろんな活動をしてるんです。[1]

Kanon

可愛い女の子たちの話なんですけど、怖い場面も、胸がぎゅっとなる場面もあって。でも友奈ちゃんは、いつもまわりの子のことを先に考えるんです。私、誰かのために頑張る女の子がいれば、最後まで観ます。

Go

……人の役に立つための部、か。筋が通っている。

Kanon

それから、うどんは香川の名物なので、主な登場人物の好物は全員うどんなんです。[1]

昼は、駅前通りのうどんの店に入った。カノンは品書きのいちばん安いところを、指でなぞって決めた。ゴウは何も言わず、大きいほうの丼に、ちくわの天ぷらを二本つけた。

席に着くと、ゴウは天ぷらを一本、カノンの丼の上に置いた。

Go

……多すぎた。

Kanon

えっ、あの、それは、施しは受けぬ……じゃなくて。……いただきます。勇者部の活動として、ありがたく。

腹ごしらえを終えて、二人は海のほうへ歩いた。琴弾公園の範囲は、琴弾山から、瀬戸内海に面した有明浜のあたりまでだという。道の先に、砂浜が開けた。

浜には、江戸時代に作られたという、寛永通宝をかたどった巨大な砂絵がある。周囲は三百四十五メートル。けれど、浜の高さから見ると、砂の溝がどこまでも続いているようにしか見えなかった。

Kanon

近すぎて、ぜんぜん銭の形に見えない……。あっ、あのへんに立って撮ったら、銭の上に乗ってるみたいな写真に——

Go

入るな。

声は短く、低かった。カノンの足が、砂の上で止まった。砂絵の中は、立ち入り禁止になっている。見るのは自由で、無料だ。

Go

春と秋に、町の人たちが総出で砂をならして直しているそうだ。台風で流されたときもだ。人が守っている線を、写真のために踏むな。[3]

Kanon

……はい。今のは、リハーサルです。本番は、ちゃんと外から撮ります。

カノンは砂絵に背を向け、深く一礼してから、浜の端へ戻った。ゴウはそれを、三歩うしろから見ていた。

琴弾山のてっぺんに建つのが琴弾八幡宮。その西にある展望台に立つと、燧灘に浮かぶ伊吹島と、銭形砂絵が見えるのだという。二人は山道を登った。

展望台の手すりの前で、カノンは息をのんだ。下で見たときはただの砂の溝だったものが、きれいな丸になって、浜に置かれていた。

Go

本当は、東西に百二十二メートル、南北に九十メートルの楕円だそうだ。山の上の展望台から見ると、真円に見える。[3]

Kanon

楕円なのに、ここからだと丸……。

カノンは手すりを握ったまま、しばらく黙った。それから、隣ではなく、三歩うしろにいる人のほうを振り返った。

Kanon

ゴウさんがライブで、いつもいちばん後ろに立ってるのって……もしかして、そこからだと、舞台が丸く見えるからですか。

Go

……別に。

ゴウは目をそらし、伊吹島のほうを見た。風が、カノンのツインテールを横に流した。しばらくして、ゴウが、島のほうを向いたまま言った。

Go

……後ろからだと、全部見える。転んだところも、起きたところも。前の客には、片方しか見えない。

Kanon

転んだ回数だけ、起き上がった回数がある、ってことですね。……ゆうべは、二回転びました。

Go

三回だ。二曲目の入りで、一回。あれは転んだうちに入る。半拍、早かった。

カノンは目を丸くした。二曲目の入りでつまずいたのは、自分でも舞台を降りてから気づいたことだった。客席のいちばん後ろから、そこまで見えるものだろうか。

Kanon

……ゴウさん。それ、すごくちゃんと観てくれてる人の感想です。

Go

……別に、そんなことはない。

Kanon

二回目の「別に」、いただきました。

山を下りるころには、日が傾いていた。銭形砂絵は、日没から夜の十時まで明かりで照らされる。二人は浜の端に立って、灯りが入るのを待った。

砂の線が、下からぼんやりと浮かび上がった。浜から見るそれは、やっぱり少しつぶれた楕円だった。

Kanon

下からだと楕円でも、いいや。上から見たら丸いって、もう知ってるので。

Kanon

勇者部って、人のためになることを、誰かに頼まれる前にやる部活なんです。……今日のゴウさん、ちょっと勇者部でした。天ぷらと、砂絵と。

Go

……用事の途中だっただけだ。

駅へ戻る道で、カノンは一度も振り返らなかった。振り返らなくても、三歩うしろに足音があるのが分かった。改札の前で向き直り、カノンは舞台の終わりと同じ角度で、深く一礼した。

Kanon

次のライブも、いちばん後ろ、空けておきます。

Go

……押忍。

言ってから、ゴウは自分の口を手で押さえた。カノンは聞こえなかったふりをした。数日後、カノンは次のライブの客席の図に、いちばん後ろの席を一つだけ、鉛筆で塗った。

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