目錄
6選の四本目は『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』です。アニメや舞台より先に、まず「声」でできている作品。私はこれを、舞台の映像をしばらく観られなかった時期のあとに聴きはじめました。
顔を見なくていい入口
最初に好きになった役者さんが舞台を降りたあと、劇場の映像を観られない時期がありました。ディスクの並んだ押し入れを開けるだけで、胸のあたりが重くなる。そんなころ、夜勤の休憩で後輩がイヤホンの片方を貸してくれて、流れてきたのがこの作品の曲でした。顔を見なくていい。声だけなら、聴ける。それが始まりです。喜好
片方のイヤホンを返すとき、後輩は「どのチームが好きでした?」と聞きました。私は答えられませんでした。一曲の中に、ちがう声がいくつも入っていて、どれか一つを選ぶと、ほかの声が聞こえなくなる気がしたからです。後輩は笑って、「じゃあ全部でいいじゃないですか」と言いました。その夜から、休憩のたびに、チームの曲を一つずつ聴くようになりました。喜好
どんなプロジェクトか
音楽のプロジェクトで、送り出しているのはキングレコードの中にあるEVIL LINE RECORDSというレーベル。ラップをするのは、キャラクターを演じる声優さんたちです。事實[1]
物語の舞台は、人を傷つける武器が禁じられ、捨てさせられた世界です。争いの道具は、人の心に働きかける特別なマイク「ヒプノシスマイク」に置きかわりました。男たちは地区、つまりディビジョンごとのチームに分かれ、ラップのバトルで陣地を取り合います。事實[1]
しかも、マイクに乗った言葉は聞く人の体にまで届いて、交感神経にまで作用する。そういう設定です。事實[1]
バトルの勝ち負けが、ファンの投票で決まる仕組みも用意されています。事實[1]
交感神経に届く言葉
マイクの設定を初めて読んだとき、仕事の頭がふっと動きました。言葉ひとつで脈が速くなる人も、ゆっくりになる人も、病棟では毎晩見ています。声のかけ方で、息が深くなる人がいる。だから、言葉が武器になる世界を、私は大げさな作り話だとは思えませんでした。強い言葉で相手を押す曲を聴きながら、同じ声で人を落ち着かせることもできるのに、と思う夜もあります。病棟で一番大事な言葉は、たいてい短いです。名前を呼ぶ、座ってもらう、ゆっくり息をしてもらう。この作品の言葉は長くて速いのに、聴き終わったあと、自分の息がいつもより深くなっていることがあります。解讀
一曲の中でぶつかる声
好きなのは、ちがうディビジョンの声が一曲の中でぶつかるところです。低く重い声のすぐあとに、軽く跳ねる声が来る。片方が畳みかけると、もう片方は間をあけて返す。勝ち負けを決める曲なのに、相手の声があるから自分の声が立って聞こえる。聴いていると、どちらの側にも息継ぎの場所があって、気づくとそこを数えています。喜好
好きを一か所に積まない
最初の推しのときは、その人ひとりに全部を預けていました。だから、舞台を降りた日に、全部が止まった。この作品は、チームが横に並んでいて、どのチームにもその人たちだけの声があります。投票の仕組みがあっても、私は一つに決めきれず、チームごとの曲を順番に聴いています。好きを一か所に積まなくていい。それを、私は声から教わりました。いまは遠征のついでに小さなライブハウスにも通っていて、好きな場所は前より少しだけ増えました。解讀
投票の前で手が止まる
バトルの勝ち負けを決める投票の時期になると、私はいつも手が止まります。どのチームにも勝ってほしいし、どのチームにも負けたときの顔があってほしくない。結局、毎回ずいぶん迷って、その時期にいちばん繰り返し聴いた曲のチームに入れています。勝ったチームの曲も、負けたチームの曲も、次の日の休憩にはまた同じように聴く。選ぶことと、選ばなかった側を聴き続けることは、両立するんだと思っています。喜好
ラップを聴いたことがない人へ
ラップは縁がなかった、という人も多いと思います。私もそうでした。いまも、ラップの部分はうまく口ずさめなくて、聴くだけです。入りやすかったのは、チームごとに作られた、名乗りのような曲を一つずつ聴いていくこと。誰が誰か分からなくても、声の高さと言葉の置き方で、だんだん聴き分けられるようになります。好きな声を一つに決める必要はありません。一曲を通して聴くのがつらければ、最初の名乗りの部分だけでも。私はそこから少しずつ、聴ける長さが伸びていきました。喜好
チームの名前は地名から
チームが「ディビジョン」、つまり地区の名前を背負っているのも好きなところです。街の名前を背負って、その街の代表として声を出す。遠征の乗り換えで、チームと同じ名前の駅を通ると、それだけで少し背筋が伸びます。地方に住んでいる私にとっては、どの街も新幹線の先にある場所なので、どのチームにも、遠くから会いに行く感じがあるんです。喜好
声だけで人が別の人になる
舞台『刀剣乱舞』やミュージカル『テニスの王子様』で、私は生身の役者さんがキャラクターになる瞬間を観てきました。この作品では、それが声だけで起きます。顔が見えないぶん、息の吸い方と語尾の置き方で、人が別の人になる。歌で誰かになるという点では、6選の五本目、アイドルを目指す男の子たちのアニメともつながっています。喜好
一つに決めなくていい好きもある。ちがう声がぶつかる一曲の中で、両方の息継ぎの場所を探してみる。
