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6選の四本目は『おおかみこどもの雨と雪』です。母の花が、ふたりの子どもを育てるお話。物語の中で何が起きるかは書きません。書くのは、この映画を観ていた私が、何を思い出していたかです。
夫が海の上にいたころ
結婚してしばらく、ゲンさんは遠洋の船に乗っていました。一度出ると、何か月も帰ってきません。そのあいだに子どもが生まれ、また次の子が生まれて、家の中はどんどんにぎやかになりました。夜中に熱を出した子を抱えて、上の子のお弁当の下ごしらえをして、朝には何もなかった顔で台所に立つ。弱音を言う相手は、海の上でした。喜好
ゲンさんが陸の仕事に移ってまもなく、家族でこの映画を観ました。花が田舎の畑を耕している場面で、私は急に、ひとりで台所に立っていた夜のことを思い出しました。泣いたつもりはなかったのに、子どもに「お母さん、目が赤い」と言われてしまって。喜好
あのとき俺は、隣で一番泣いてたんだよな。花さんの背中見てたら、海の上にいたころの家のこと考えちまってよ。
ゲンさん、まだ映画の最初のほうでしたよ。……でも、ありがとうございます。
スタジオ地図の作品ページによると、この映画は細田守さんが監督・脚本・原作を手がけた2012年の作品です。母と子が過ごした13年間を描いた、胸を打つ物語として紹介されています。事实[1]
そのページのストーリーでは、花は自然の豊かな田舎町へ越すことを決めます。住まいは、おんぼろの古民家。その土地で花は地元の老人・韮崎(にらさき)と農作業がきっかけで知り合い、彼や里の人たちの世話になっていく、とあります。事实[1]
好きな理由1:花は最初から強いわけではない
花は、はじめから何でもできるお母さんではありません。畑仕事も、古い家の手入れも、慣れない手つきで一から覚えていく。失敗して、考えて、またやってみる。私がこの映画でいちばん好きなのは、そのくり返しを省かずに見せてくれるところです。母親は、強いから強いわけではないんですよね。毎日やるしかないから、少しずつ強くなっていくんだと思います。解读
好きな理由2:助けてもらうことも描かれている
花は、ひとりで何もかも抱えようとします。でも、里の人たちとの関わりが少しずつ生まれて、手を貸してもらうようになる。私はここにとても救われました。ひとりで踏ん張るのは立派ですけれど、助けてもらうのは負けではない。私も海辺の町に来たばかりのころ、近所の方に魚のさばき方や、浜の暮らしの段取りを教わりました。いまの私の台所は、あのころの皆さんの手でできています。解读
好きな理由3:食べさせる人の目線
台所に立つ者として、どうしても見てしまうのは、花が子どもたちに食べさせる場面です。小さい子は、こぼして、遊んで、なかなか食べてくれません。それでも作って、並べて、また作る。誰が作って、誰が食べて、誰が片づけているのか。この映画は、その答えをはっきり見せてくれます。そして作る人がいつも少し疲れていることも、ごまかさずに描いていると思います。解读
好きな理由4:季節と暮らしが同じ速さで進む
この映画は、季節の移り変わりと、暮らしの移り変わりを、同じ速さで見せてくれます。畑に何かを植えて、育つのを待って、また次の季節が来る。そのあいだに、子どもたちも少しずつ大きくなっていく。子育ての毎日は、昨日と同じことのくり返しに見えるのに、振り返るといつのまにか季節がいくつも過ぎている。私が台所で過ごしてきた年月も、ちょうどそんなふうでした。解读
あのころの私に言いたいこと
ゲンさんが海の上にいたころ、私は誰にも弱いところを見せないようにしていました。母親がしっかりしていないと、家が崩れてしまう気がしていたんです。でも、この映画の花を観ていると、弱いところを見せても、家は崩れないのだと分かります。むしろ、困った顔を見せたから、手を貸してくれる人が現れることもある。あのころの私に会えたら、もう少し早くご近所の方に甘えていいのよ、と言ってあげたいです。喜好
苦手な人への入口
泣ける映画と聞くと身構えてしまう方は、田舎町に移ってからの、季節の景色と暮らしの場面を楽しむつもりで観てみてください。畑、雪、古い家の台所。それだけでも、十分にきれいな映画です。子育て中の方は、無理に一度で観なくても大丈夫です。子どもが寝たあとに、半分ずつ観たってかまいません。ご夫婦で観るなら、観終わったあとに、お互いのあのころの話をしてみるのもいいと思います。私たちは、その夜、久しぶりに遅くまで話しこみました。
この映画を観たあと、わが家では、ゲンさんが休みの日に台所に立つようになりました。焦がしたり、塩を入れすぎたりしながらですけれど。海の上にいたぶんを取り返そうとしているのかもしれません。私はそれを、何も言わずに見守っています。……味見の量が多すぎるときだけは、短く声をかけますけれど。喜好
ほかの6選とのつながり
不器用に子どもを受け止める『赤毛のアン』のマリラと、慣れない畑を耕す花。私の中では、二人は同じ列に並んでいます。そして、料理が苦手なお父さんが娘のために台所に立つ『甘々と稲妻』へ。ひとりで子どもを育てる大人の手つきを、私はずっと追いかけているのかもしれません。喜好
母親は、強いから強いわけではない。毎日台所に立つうちに、少しずつ強くなっていくんです。