四本目は海の向こうの話、『ヴァイキング~海の覇者たち~』。北の海の農夫が、まだ誰も確かめていない西の土地を見に、船を出す。そしてやがて、王の座へ上っていく。遠い宇宙の騎士の物語と並んで、余が何度も観返しておる一本だ。
港で荷を担いだ若いころ
余にも、物語を観る暇などなかった時代がある。戦と政に追われた若いころだ。ただ一度だけ、人間界の港町で荷揚げをして暮らしたことがある……と言うと、皆は笑う。親方に誘われて、映画館で初代のゴジラを観た、と続けると、もっと笑う。だが本当のことだ。暗がりで、見知らぬ人間たちと肩を並べ、同じ大きな画面を見上げた。あの晩の胸の高鳴りを、余はまだ覚えておる。喜好
この北の海の王の物語を観ていると、あのころの好奇心が戻ってくる。知らぬ土地へ渡り、知らぬものを自分の目で見たい。年を重ねると、その気持ちはどこかへしまいこんでしまうものだ。この作品は、しまいこんだ箱の蓋を、遠慮なく開けてくる。見放題の海外ドラマの棚を、余は端から順に一本ずつ確かめていった。題名に「海の覇者」とあるのを見て、迷わず再生を押した。覇者を名乗る者の名乗りは、聞いておかねばならぬ。喜好
西の海を夢見る農夫
マイケル・ハーストが原案と脚本を手がけた歴史ドラマで、ヒストリーで放送された。事实[1]
主人公のラグナルは、カテガットで畑を耕しながら、戦士として遠征にも加わる男だ。海を西へ渡れば豊かな土地がある、と信じている。ところが首長のハラルドソンはそれを認めず、東への遠征ばかりを命じる。そこでラグナルは、腕のいい船大工フロキがひそかに造っていた新しい船で、首長の許しのないまま西へ漕ぎ出す。事实[1]
ドラマは、北欧の伝説に名を残す英雄ラグナル・ロズブロークのサガに想を得ていて、農夫だった彼が名を上げ、やがて王となるまでを描いてゆく。事实[2]
第一に反対する首長の顔
余がまず目を留めたのは、西への航海を許さぬ首長である。物語の上では、夢を阻む側だ。だが余は、阻む者の顔から目が離せなかった。首長は、なぜ止めるのか。見たこともない土地への賭けで、村の男たちを失うのが怖いのか。それとも、自分より先に新しい土地を見る者が出てくるのが怖いのか。反対する者は、たいてい何かを守ろうとしておる。守っているのが村なのか、己の椅子なのか。そこを読むのが、王の目の稽古である。余は一周目、そればかり考えて夜を明かした。解读
第二に自分の目で確かめに行く男
ラグナルは、人から聞いた話では満足せぬ。西に土地があると思えば、自分の目で見に行く。余もまた、話を聞いただけでは眠れぬ質である。規模が違う、と笑われるが、確かめずにはおれぬ気持ちに、大きいも小さいもない。好奇心は、王にとって贅沢品ではない。知らぬ土地を知らぬまま放っておく王は、いずれ、知っている者に負ける。余の城の者たちは、余の好奇心を困った癖と呼ぶ。この男の周りの者たちも、きっと同じことを口にしておったであろう。余がこの男を好きな理由は、結局のところ、そこに尽きる。解读
畑から始まる王の道
余が胸を熱くするのは、この男が最初から王ではないところだ。畑を耕し、家族を養い、遠征から戻ってくる一人の戦士として、物語は始まる。生まれながらの王は、椅子の重さを知らぬまま座ることがある。下から上がってくる者は、一段ごとに、何を手に入れ、何を背負ったかを覚えている。……余がどちらであったかは、言わぬ。ただ、この男が一段上るたびに、余は寝椅子の上で姿勢を正した。王の顔つきは、上った段の数だけ変わってゆく。役者がそれを少しずつ顔に刻んでいくさまも、二周目の楽しみの一つであった。解读
第三に神々を信じる男
船大工のフロキは、古い神々を深く信じている男だ。事实[1]
余は、この男の信心の強さに、妙な親しみを覚える。何を信じて海に出るか。何を信じて船を造るか。信じるものがはっきりしている者は、迷いも少なく、そのぶん危うい。……どこで覚えた親しみかは、聞かぬでくれ。喜好
字幕で追った二周目
余は字幕を必ず出す。吹き替えは、声が二つに聞こえるのだ。役者の荒い息づかいや、船の上の怒鳴り声が、そのまま耳に入ってくるほうがよい。一周目は、ラグナルの背中ばかり追っていた。二周目は、首長の顔と、船大工の手元ばかり観た。同じ航海が、まるで違う話に見える。二周する者だけの得である。二周目の帳面には、首長の欄が新しく増えた。じいやは、同じものを二度観る余を、不思議そうに眺めておった。喜好
荒い場面との付き合い方
戦と略奪の場面は荒い。余ですら、目をそらしたくなる回がある。余の場合、主人公ではなく、その周りの者たちの顔を順に追うと、すっと入れた。船を造る者、航海に反対する者、村に残る者。誰の目でこの航海を見るかを先に決めておくと、荒い場面も、一つの決断の重さとして受け取れるようになる。荒い場面のあいだには、海を渡る船の静かな時間も挟まる。余はそこで息をついた。ひと晩に一話ずつで、余はちょうどよかった。喜好
決まりの外へ出る者たち
首長の許しを得ずに船を出す男と、『SUITS/スーツ』で、ロースクールに通っていない青年を部下に雇う弁護士。並べてみると、どちらも決まりの外へ一歩踏み出す者の話である。決まりを破る者を、余は手放しでは褒めぬ。王であるからな。掟を守らせる側の者が、掟破りに拍手をしては示しがつかぬ。だが、決まりの外に何があるかを確かめに行く者の顔は、いつ観ても、よい。……西の水平線は、二周目でも遠かった。喜好
反対する者の顔を読むと、確かめに行く者の背中がよく見えてくる。
