昼のバッティングセンター。空振りを三つ続けたハルが「僕、こういうの向いてないのかな」とつぶやきました。隣の打席で快音を響かせていたカオルは、バットを置いて、一本の野球漫画の話を始めました。
異例の主人公
ひぐちアサさんの漫画『おおきく振りかぶって』は、『月刊アフタヌーン』で2003年11月号から連載が続いています。スポーツ漫画でありながら「スポ根」の要素はありません。主人公の投手は「弱気で卑屈な性格」。こういう人物造形は、野球漫画では異例です。2006年に第10回手塚治虫文化賞の新生賞を受けたとき、審査員はこれを、まったく新しいタイプの野球漫画だと評しました。事实[1]
作者のひぐちさんが進んだのは法政大学の文学部心理学科で、専攻はスポーツ心理学でした。事实[2]
弱気なエース……。僕でも、なれるのかな。
なれるかどうかは知らんけど、この子は強いから投げてるんやないねん。投げる場所があって、受けてくれる人がおるから投げてる。気持ちが弱いまま、マウンドに立ってる。そこがええとこ。解读
九つのマス
主人公は三橋廉。球は速くありませんが、コントロールが驚異的です。ストライクゾーンを9分割して、そこへ「まっすぐ」と4つの変化球を投げ分けられます。リードを組み立てる捕手の阿部隆也は、データを頼りにする頭脳派です。事实[1]
ストライクゾーンを九つのマスに分けて、狙ったマスに入れる。速さで勝たれへん子が、置き場所で勝負する。これ、私の夜の仕事とおんなじやねん。グラスを置く場所、話しかける間。強い球やなくて、ええとこに置く。解读
置き場所か……。打つほうも、来る場所が分かってたら違うのかな。
それを読み合うのが野球。観るときは、投げた球が九つのマスのどこに入ったか、心の中で指さしてみて。二、三球で、この捕手が何を考えてるか、ちょっと分かってくる。解读
二人で一つ
本作の何が画期的だったのか。精神科医の斎藤環さんは、スポーツ漫画で初めて「関係主義」を全面的に持ち込んだところに、それが集約されるのではないか、と見ています。事实[1]
投手と捕手が、お互いの顔色をうかがいながら一球ずつ決めていく。その会話のほうが、球より長いくらい。観るときは、投げる前の二人の目線を見て。どっちが先に目をそらすか、どっちが先にうなずくか。そこで、その球の結果より大事なことが決まってる気がする。解读
テレビアニメはA-1 Picturesの制作で、監督は水島努さん。第1期は2007年4月から放送されました。事实[1]
見つけ方を三つ
カオルの見方をまとめると、一つ目、投げる前のバッテリーの目線を見る。二つ目、投げた球が九つのマスのどこに入ったかを心の中で指さす。三つ目、心の中の声と、実際に口に出した言葉のずれを探す。強さより、関係で読む野球です。喜好
もう一回打ってくる。次は、ボールの置き場所を見てみる。
ええやん。私は隣で、ハルの空振りの数、数えとくわ。減ったらジュースおごったる。
速さで勝てないなら、置き場所で勝負する。弱気なエースは、九つのマスと相棒の目で投げている。