土曜の昼、地域の若者向け企画発表会。公民館の控室には出場者が十人ほど、資料をめくったり、壁に向かって小声で練習したりしています。ハルの隣の席に座ったのは、空手の道着の袋を足元に置いた16歳のアカリでした。発表まで、あと一時間。ハルは先に聞きました。「今日、どれくらい残ってる?」
誰も理由を知らない戦争
……まだ八割。で、それ何。資料の裏に、ロボットの絵。
ああ、これ。昨日の夜、古いアニメを観てたら描きたくなって。『装甲騎兵ボトムズ』っていうんだ。
『装甲騎兵ボトムズ』は、日本サンライズ(現・サンライズ)が制作したロボットアニメです。全52話のテレビシリーズは、テレビ東京系列で流れました。始まりは1983年4月1日で、1984年3月23日に最終回を迎えています。原作と監督は高橋良輔さん。キャラクターデザインは塩山紀生さん、メカニカルデザインは大河原邦男さん、音楽は乾裕樹さんです。事实[1]
舞台は、アストラギウス銀河。ギルガメスとバララントという二つの勢力が銀河を分けて争い、100年も戦争を続けています。始まりの理由を知る者は、もう誰もいません。戦争が終わりに近づくころ、キリコ・キュービィーという兵士に、奇妙な命令が下ります。所属はギルガメス軍。味方の基地を襲え、という作戦でした。そこで軍の最高機密を目にしたことで、キリコは軍に追われる身になります。事实[1]
理由を誰も知らない戦争。……説明のない決まりって、いちばん嫌い。喜好
僕もそこで最後まで観るって決めた。始まりから、もう主人公の居場所がない話なんだ。解读
ただの機械としてのロボット
作中のロボット「アーマードトルーパー(AT)」は、機械であり兵器でしかないものとして描かれます。高橋良輔さんは、直前に手がけたリアルロボットもの『太陽の牙ダグラム』よりも、そこを突きつめました。主役の機体の大きさは、自動車を縦に立てたくらい。スピード感を大事にして、ジープを思い描いた寸法です。おもしろいのは、メカデザイナーの大河原邦男さんが、高橋監督に相談される前から、ちょうどその大きさのロボットを描いていたこと。相談してみたら、もう描いてあったわけです。事实[1]
このロボットたちは、作中でほとんど固有の名前で呼ばれません。口にされるのはたいてい「AT」で、「アーマードトルーパー」という正式名称も、「スコープドッグ」のような機体の名前も、まず出てこない。おもちゃを売るためのスポンサーが付くアニメとしては、異例中の異例でした。事实[1]
名前を呼ばれないロボット。……ちょっとかっこいいじゃん。喜好
でしょう。車を縦にしたくらいの大きさって聞いて、急に自分の近くに来た気がしたんだ。見上げるほどの巨大ロボットじゃなくて、駐車場に停まってそうな大きさ。解读
ボトムズという名前
綴りが Votoms なのには事情があります。高橋監督は本当は Bottoms と綴りたかったのですが、商標の問題で使えず、やむなく V に替えました。では、ATと、それに乗る兵士をまとめて呼ぶ「ボトムズ」とは何なのか。軍の公式見解では、「直立一人乗り戦車」を意味する英語の略称ということになっています。けれど有力なのは、乗り手たちの柄の悪さと、きつい任務から生まれた俗語「Bottoms:最低の奴(ら)」だという説です。もっと広く、作品のテーマとして「底辺の人間たち」を指す含みもあるそうです。事实[1]
最低の奴ら。……そう呼ばれる側の話なら、観る。喜好
僕、つい「だから元気が出る話だよ」ってまとめそうになった。……今の、なし。何を受け取るかは、観た人が決めることだった。
いいよ。勝手にまとめられるの嫌いだから、止まってくれて助かる。
高橋監督は、饒舌な男より無口な男のほうがかっこいいと考え、主人公を無口な人物にしました。この主人公が安らげるのは、ATの操縦席にいるときだけです。事实[1]
しゃべらない主人公、好き。……初対面でしゃべれないの、私だけじゃないんだ。喜好
セールスマンから次回予告へ
高橋良輔さんが虫プロに入ったのは1964年です。それまでは会社勤めで、高級車を売りながら、明治大学二部(夜間)の文学部で学んでいました。虫プロを紹介してくれたのは、東映動画にいた友人です。のちにサンライズの作品を中心に手がけるようになり、『装甲騎兵ボトムズ』は代表作の一つになりました。事实[2]
高橋さんの持ち味は、作品全体の舵を取りながら、文芸の面からも支えるところです。次回予告の原稿は、いつも自分で書くといいます。次回予告、オープニング、文芸の三つにこそシリーズの本質がある、と本人は語っています。事实[2]
車を売りながら夜の大学に通って、そこからアニメの世界に入った人なんだ。最初から決まった道じゃなかった。僕はそこに、ずいぶん励まされた。喜好
次回予告を自分で書く監督、ってのもいい。続きを観たくさせるのが仕事って、今日の私たちと同じじゃん。解读
それだ。……発表の最後の一言、次回予告みたいに作り直そうかな。全部言わずに、聞いた人が続きを知りたくなるように。喜好
観るならここから
初めて観る人には、最初の、味方の基地を襲う作戦のところまで観てほしい。その先は言わない。僕も、何も知らずに観てよかったから。喜好
分かった。今日の発表が終わったら観る。……負けても観る。喜好
うん。観たら、どこで止まったか、また聞かせて。
『装甲騎兵ボトムズ』の「ボトムズ」は、公式には兵器の略称。ただ、乗り手たちをさす俗語「最低の奴ら」が由来だという説が強い。作品には「底辺の人間たち」という含みもあるとされる。