昼のレンタルカート場。今日もハヤテに周回遅れにされたジンは、ヘルメットを抱えたままベンチに座りこみました。「師匠、走りにもリズムってあるだろ」。そこから、古い中国のアニメ映画の話になりました。
京劇仕立てのアニメ
リズム、ですか。……ありますね。毎周、同じ場所でブレーキを踏めていると、体が勝手に拍を取ります。喜好
だろ。で、拍で暴れる猿の映画がある。
『大暴れ孫悟空』(原題 大鬧天宮)は、上海美術映画製作所が1961年に作った、劇場用のカラー長編アニメーション。京劇の趣向を取り入れた作品です。上巻(1961年)と下巻(1964年)に分けて公開されました。監督は万籟鳴さんと唐澄さん、音楽は呉応炬さん。日本でも1963年ごろ、『大あばれ孫悟空』の題で46分の版が上映されています。事实[1]
動きと音は、京劇の伝統に強く影響されています。様式化された身のこなしも、伴奏に鳴る太鼓や打楽器も、です。お話のほうは、16世紀の中国の小説『西遊記』のうち、はじめのほうの回をもとにしています。事实[2]
動きも音も、京劇の影響が強いんだと。……俺らのバンドでも、最後に頼るのはドラムだ。ギターがどんだけ暴れても、拍が立ってりゃ戻ってこれる。解读
ジンさんでも、戻ってこれるんですね。
……どういう意味だ。
ギター買った夜、最初に覚えたのはコードじゃねえ。ドラムに合わせて刻むことだ。拍がずれると、一人で弾いてても気持ち悪いんだよ。喜好
カートも、一人で走ってるのに、ずれると気持ち悪いです。エンジンの音と、自分の呼吸が合ってないときとか。喜好
楽団の名前が並ぶ
スタッフの欄には、演奏として上海映画楽団、上海京劇院楽団、新華京劇団楽隊の名前が並んでいます。キャラクター原案は張光宇さんです。事实[1]
京劇は清の時代に安徽省で生まれ、北京で育った古典演劇です。伴奏には、二胡や京胡、月琴、銅鑼、打鼓、小鼓、鐃、鈸といった楽器が使われます。ユネスコが無形文化遺産に登録したのは2010年のことです。事实[3]
楽団の欄に、京劇の楽団が二つも入ってる。俺はそこで観る気になった。名前の並びだけで、音のでかさが想像できる。喜好
銅鑼……。スタートの合図みたいですね。
師匠はなんでもスタートに聞こえんのか。
……すみません。でも、合図の音がはっきりしていると、出だしで迷わないんです。喜好
京劇にも同じ題の演目
京劇には『西遊記』を題材にした演目がいくつもあり、そのなかには、映画の原題と同じ『大鬧天宮』という演目もあります。京劇の役柄では、「武生」は立ち回りを受け持つ男性の役で、せりふはあまり多くありません。「浄」は臉譜(隈取)と呼ばれる化粧をほどこします。事实[3]
セリフが少なくて、立ち回りで見せる役。……俺はこういうのに弱い。口で言わねえで、動きで分からせる。喜好
ステージでも、俺はしゃべりが下手だ。MCをやると、だいたいスベる。だから弾く。
走りも同じです。速い人ほど、ハンドルの動きが少ないんです。……すみません、急に。喜好
いい。そういう話は、ちゃんと聞く。
石から生まれた猿の一歩目
悟空は、東の海の竜王を訪ねることにします。年寄りの猿のすすめに従って、自分に合う武器を探しにいくのです。きっかけは花果山(Flower and Fruit Mountain)で、家来の猿たちの武芸に気をよくした悟空が、王の剣をうっかり折ってしまったことでした。映画はその前に、石から悟空が生まれる短い序章を置いています。事实[2]
家来もいるのに、自分の武器がねえ。だから自分で取りに行く。……俺はこういう始まりに弱いんだよ。下から腕一本、ってやつ。喜好
ジンさんも、最初のギターは自分で選んだんですよね。
中古のな。指が血だらけになるまで弾いた。……別に、自慢じゃねえ。喜好
僕も最初は、カート場のおじさんにタイヤの磨き方から教わりました。道具って、自分で手入れして初めて、自分のものになる気がします。喜好
……師匠、たまにいいこと言うな。
太鼓の鳴る場所を追う
1957年に上海でできた上海美術映画製作所は、剪紙・水墨画・影絵・人形劇といった中国の伝統美術を、アニメーションに生かした作品で名を上げたスタジオです。京劇の味わいをとりこんだ『大暴れ孫悟空』は、カンヌ国際映画祭、ロンドン映画祭、ロカルノ国際映画祭など、海外の映画祭にも出品されています。事实[4]
入口は、音を大きめにして観ること。台詞の意味より先に、太鼓がどこで鳴るか追え。分からなくなったら、目をつぶって拍だけ聞いてもいい。喜好
……音、でかくしすぎて隣に怒られんなよ。それは俺がやった。
目をつぶるのは、得意です。いつも頭の中でコースを走ってるので。喜好
知ってる。観終わったら、どこで鳴ったか言え。次の周回のブレーキの位置の話と一緒にな。
はい。……その前に、今日はもう一本走りますか。
当たり前だろ。ついて来れんのか? ……いや、ついて行くのは俺か。
『大暴れ孫悟空』の動きと太鼓・打楽器は、京劇の伝統から強い影響を受けている。初めて観るなら、太鼓が鳴る場所を追ってみてください。