『さよならの朝に約束の花をかざろう』を観直しました。一度目の私は、年月が一気に進むたびに、置いていかれまいと必死でした。二度目は、年月ではなく、手もとを見ます。この映画には、一枚の布が何度も出てくる。誰が織って、誰を包んで、最後に誰にかけられるのか。それを追うと、時間の速さとは別の、ゆっくりした流れが見えてきました。結末にふれるところは畳んであります。まだの人は、開かずにおいてください。
二度目を始める前に
監督・脚本を務めたのは岡田麿里さんで、これが初めての監督作品になります。制作はP.A.WORKS、公開は2018年2月24日の長編アニメーション映画です。描かれるのは、不老長寿の一族イオルフの少女マキアが、人間の少年エリアルを育てていく物語。イオルフは、10代半ばで見た目が年を取らなくなる種族です。音楽は川井憲次さん、美術監督は東地和生さんが担当しています。事实[1]
イロハ、今日は泣く準備をしてきたのね。ハンカチ、二枚持ってきてるでしょう。
……三枚です、ミサ先生。一度目に足りなかったので。
言葉を織りこむ布
イオルフは、人の住む土地から遠く離れた場所で暮らす一族です。彼らが織るヒビオルという布には、イオルフにしか読めない言葉が織りこまれていて、便りを届ける役目も果たします。人間のあいだでは珍しい織物として扱われ、高い値で売り買いされています。事实[1]
二度目は、ヒビオルが映るたびに、糸の色と、その布が何に使われているかを見てください。お金に換えられる布、身を包む布、言葉をのせる布。同じ一枚が場面ごとに役目を変えていきます。私には、この映画の時間の流れが、台詞より先に布の使われ方で語られているように見えました。解读
中段为止中盤で織られるもの点击展开
織り方は、マキアがエリアルに教えたものでした。マキアが家を空けているあいだに、エリアルは、母さんという意味の言葉を織りこんだ布を仕上げます。
一度目の私は、この場面を素直に温かいものとして受け取っていました。二度目の私は、その先を知っています。布を織ったエリアルは、やがてマキアとどう向き合えばいいか分からなくなり、守られてばかりの自分にもがいて、彼女のもとを去っていく。言葉にすると照れくさいことを、エリアルは糸で残した。だからこそ、口では言えなくなっていく後半が、いっそうきしむように聞こえました。解读[1]
母を教えた人
盗賊に襲われた集落で、マキアは一人の赤ん坊が生きているのを見つけます。森をさまよっていた途中のことでした。マキアはその子を育てると決め、人里へ下りて、農場の女主人ミドの家に世話になります。母親がどういうものかをマキアに教えるのは、このミドです。マキアには親がいませんでした。事实[1]
ミドの体の使い方、見た? 言葉はきついのに、子どもに触れる手には迷いがないの。あれは、息子を二人育ててきた人の体よ。解读
……体で見るんですね。私、ミドの声の大きさばかり聞いていました。
ミサ先生に言われてから、私はマキアの手ばかり見るようになりました。二度目は、マキアが幼いエリアルに触れる手を、場面ごとに見比べてみてください。こわごわ伸ばしていた手が、いつのまにか迷わなくなっていく。母になっていく過程を、台詞より手で受け取れる気がします。解读
変わらない姿の重さ
マキアは、いつまでたっても見た目が10代半ばのまま。だから一つの町には長くいられず、エリアルを連れて町を転々とします。そんななか、ミドの息子ラングと再会。ラングはもう大人で、マキアに想いを打ち明けますが、マキアは、エリアルの母でいたいからと断ります。事实[1]
二度目は、マキアとエリアルが並んで立つ場面を、年月の順に思い出してみてください。エリアルは成長していき、マキアは10代半ばの外見のまま変わらない。見下ろしていた子が、同じ高さになり、やがて見上げる側に回る。画面の中の背丈の変化が、そのまま二人の関係の難しさになっていく、と私は受け取りました。解读
もう一人の母
マキアの親友レイリアは、イオルフの里が襲われたときに連れ去られ、メザーテの王子の妃にされます。事实[1]
中段为止中盤の展開点击展开
マキアたちはレイリアを助け出そうとしますが、そのときレイリアのお腹にはもう王子の子がいました。レイリアは救いの手を拒み、城に戻っていきます。やがて生まれた娘メドメルは、イオルフの性質を受け継いでいませんでした。レイリアは王家に冷たく扱われ、メドメルとも離されて育てられることになります。
二度目は、マキアの母としての日々と、レイリアの会えない日々を、二本の糸として並べて観てください。一緒にいられる母と、会えない母。同じ里で育った二人が、まったく逆の形で母になっていく。レイリアの場面が出てくるたびに、マキアの場面の温かさが少しだけ苦く聞こえるのは、その対比のせいだと私は受け取りました。解读[1]
会えない母のほうが、ずっと強く立っていなきゃいけないこともあるのよ。解读
張りぼての竜
翼を持つ巨獣レナトは、メザーテ国が軍用に独り占めして飼っていた生き物です。数は減る一方で、物語の終わりが近づくと、軍事パレードにさえ本物を出せなくなる。代わりに歩かせるのは、姿を似せた張りぼてです。事实[1]
一度目は気にも留めなかったパレードの場面です。二度目に観ると、古いものが姿だけ残して中身を失っていく様子が、長い時間を生きるイオルフの目に映る世界そのものに見えました。解读
最後にかけられるもの
结局·真相結末点击展开
それから数十年。年老いたエリアルは娘や孫と暮らしていて、その家をマキアが訪ねます。姿は昔とまったく変わっていません。眠っているエリアルにベッドのそばで呼びかけると、エリアルは小さく答えて、そのまま息を引き取ります。マキアは、初めて会った日に彼をくるんでいたヒビオルを、その体にかけます。そっと家を出てから、マキアはエリアルと過ごした日々を思い返し、声をあげて泣きます。そして荷馬車に乗って、村をあとにします。
ここまで来てから、二度目の冒頭に戻ってください。森で拾った赤ん坊を包んでいた一枚の布が、最後にもう一度、同じ人にかけられる。始まりと終わりが同じ布でつながっていることに気づくと、途中の布の場面がすべて、その一枚へ向かう道のりに見えてきます。家の中では泣かず、外に出てから泣く。その順番にも、母であろうとし続けた人の意地を私は聞きました。解读[1]
泣くのは外に出てから。……あれは、子どもの前では最後まで母親の顔でいる、っていう振付よ。私は好き。解读
観終わったあと、私はノートに布の色を書き並べました。一度目のページには空の色と炎の色ばかりが並んでいたのに、二度目のページには、生成りや薄い灰色のような、布そのものの色が増えていました。派手な場面より、手もとの色のほうが長く残る映画なのだと思います。喜好
二度目は、森で赤ん坊を見つける場面で、その子が何に包まれているかを見ておいて。最後の場面で、同じ手ざわりがもう一度画面に戻ってきます。