目录
五作目は『三体』です。6選の中では、いちばん大人になってから出会った小説です。読んでいる途中で、自分が当たり前だと思っていた足場が、ぐらりと揺れる。その感覚を、こんなにはっきり味わった本はほかにありません。謎の正体や展開には一切触れずに話します。
どんな本か
著者は劉慈欣さん。日本語版は大森望さん、光吉さくらさん、ワン・チャイさんの翻訳、立原透耶さんの監修で、早川書房のハヤカワ文庫SFから出ています。事实[1]
早川書房の内容紹介によれば、科学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ)は文化大革命で父を失い、人類に望みを持てなくなっていました。物語は、その彼女がある日、正体の知れない軍事基地に誘われるところから動きだします。事实[2]
著者紹介によると、『三体』は《科幻世界》という中国のSF雑誌で2006年に連載が始まり、2008年に単行本になりました。著者はもともと発電所に勤めるエンジニアで、仕事のかたわらSF短篇を書いていたことも記されています。事实[3]
出会いは仕事に慣れはじめたころ
働きはじめて何年かたって、仕事の進め方にも、ものの見方にも、自分なりの型ができてきたころでした。型ができるのは悪いことではありません。でも、その型に合わない話を聞くと、聞き終わる前に「それは違う」と思ってしまうようになっていた。そんな時期に、通勤の電車でこの本を開きました。喜好
好きな理由1:前提が問いとして差し出される
この小説では、科学の考え方が、知識としてではなく「問い」として差し出されます。読みながら、自分が疑ったこともなかった前提に、ふいに手が触れる。説明を読んでわかった気になる前に、まず足元が揺れる。僕はその揺れが怖くて、そして楽しかった。6選の理由に「自分の前提が揺れる体験を味わう」と書いたのは、この感覚のことです。解读
好きな理由2:科学者という職業の手ざわり
主人公たちは、超人的な英雄ではなく、研究や観測や計算を仕事にしている人たちです。実験の段取り、組織の中での立場、記録を残すことの重み。宇宙規模の話が、こうした職業の細部から立ち上がってくる。『プラネテス』で宇宙のゴミ拾いに惹かれた僕が、この本でも結局いちばん長く眺めていたのは、研究所の机の上の様子でした。作品中的观察
好きな理由3:時代をまたぐ語り
物語は、ひとつの時代だけにとどまりません。ある時代に起きたことと、それとは別の時代の出来事が、少しずつ互いを照らし合っていきます。作中で描かれる歴史の場面は、あくまで小説としての描写です。僕はそれを現実の歴史研究と同じ欄には書かず、「この登場人物にとって、その時代はどう見えていたか」という読み方で受け取るようにしています。解读
好きな理由4:理解できないものと同じ部屋にいる
この本を読んでいると、登場人物たちも、読んでいる僕も、すぐには理解できないものと長い時間を過ごすことになります。わからないものを前にして、人は怖がったり、否定したり、都合のいい説明を急いで当てはめたりする。その反応のひとつひとつが、とても人間らしく描かれている。僕はそこに、自分の姿を何度も見つけました。解读
町内会の会議に、まったく違う考え方の新しい人が入ってきたときのことを思い出します。最初はみんな身構えるし、自分たちのやり方を守ろうとする。でも、理解できないまま同じ部屋にいる時間を我慢できると、そのうち見えてくるものがある。この本は、その「我慢の時間」を、宇宙の規模で体験させてくれる小説だと僕は思っています。解读
翻訳という橋
ガク、この本、何人かで訳してるんだね。私、翻訳でどの言葉が選ばれたのか、すごく気になる。
僕は中国語が読めないから、原文と比べることはできないんだ。ただ、日本語で読んでいて、知らない場所の話なのに、置いていかれる感じがしなかった。
似てる、って思える場所と、ここは違う、って思える場所の両方があるのかも。私は違うほうを一つずつ探してみたいな。解读
それはいい読み方だと思う。僕は背景の話をしすぎるくせがあるから、ノアに違いを見つけてもらうほうが、きっと面白い。
重さを正直に
正直に言うと、序盤は重いです。つらい時代の場面から始まり、登場人物の名前も覚えるまで少し時間がかかります。科学の話も、最初は全部わからなくてかまいません。僕も全部はわかっていません。わからないところは「いまはわからない」と付箋を貼って、先へ進んでいいと思います。喜好
読み方のおすすめは、登場人物の名前を紙に書いて栞代わりに挟んでおくこと。それから、重い章を読み終えたら、短い動物コメディでも挟んで一息つくこと。壮大な話のあとに小さな話を置くと、僕はかえって次の章に戻りやすくなります。喜好
ほかの6選とのつながり
『銀河英雄伝説』で覚えた「立場によって同じ出来事が違って見える」という感覚が、この本では「前提によって世界そのものが違って見える」ところまで広がりました。そして『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で身につけた、作中の話と現実の話を分けて書くノートの習慣が、この本を落ち着いて読む支えになっています。理解できないものを、急いで否定しない。この本以来、職場でも、少しだけ人の話を最後まで聞けるようになった気がします。解读
持ち帰るしおり:わからないところには付箋を貼って先へ進む。揺れた足場は急いで直さなくていい。