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日常

城端駅で自分のノートに一行だけ

剧透范围 无剧透 『true tears』は、絵本作家を目指す高校生と、両親を亡くして彼の家に引き取られた同級生、学校の裏庭で出会う「涙が流せなくなった」少女という、第1話の始まりの設定まで。誰が誰を選ぶかなど、その先の展開と結末には触れません

『true tears』の町のモデル、富山県南砺市の城端へ。返事に時間のかかるスイと、待つことを覚えたノア。終点の駅で、スイのペンが止まる。雪の前の坂の町で、二人は同じ作品の違う入口を見せ合う。

适合这样的人
大事な返事ほど、すぐには書けない人へ。同じ話をしているのに、好きになった入口が違う友だちと旅をしたい人にも。
发言的人
Sui × Noa
圣地巡礼 富山県南砺市城端(JR城端線の終点・城端駅と、駅から歩ける町なか) 十一月の土曜、昼前から夕方まで

新高岡駅で新幹線を降りて、城端線に乗りかえた。電気の通っていない単線を、普通列車だけが高岡と城端のあいだを行き来している。一時間に一本か二本。終点の城端までは、高岡から二十九・九キロ。

Noa

スイ、さっきから文庫本、同じページ。

Sui

うん。読んでないの。外を見てる。……この線に乗るの、ずっと先送りにしてたから。

誘ったのはスイだった。行こうと決めたのは三年前で、ノアに声をかけたのは先週だった。「聖地巡礼が好きな人と行ったら、たぶん行ける気がする」。ノアの返事は一分で来た。「行く。何を持っていけばいい?」。スイは「傘」とだけ返した。

Sui

『true tears』は、私が中学に上がったころの冬に放送されたアニメ。絵本作家を目指してる男の子がいて、その家には、両親を亡くして引き取られた同級生の女の子が暮らしてる。ある日その男の子は、学校の裏庭で別の女の子を見つける。木の上から下りられずにいたその子は、昔のある出来事のせいで、涙を流せなくなったんだって。[1]

2008年冬放送、全13話

Noa

同じ題名のゲームがあるんだよね。私、最初はゲームのアニメ化だと思ってた。[1]

Sui

名前を受け継いでいるだけで、物語も人物も、まったく別のオリジナル。同じなのは、「真実の涙」っていう主題だけ。[1]

Noa

それ、すごく面白い。同じ言葉を渡されて、まったく違う物語を書いた人がいる。翻訳で言えば、題名だけ訳して、本文は書き下ろした感じ。……あ、いまのは言いすぎかも。翻訳はそこまで自由じゃないから。

ノアは手帳の端に一行書いた。「題名は同じ、物語は別」。それから、その下にもう一行。「主題だけ同じ」。

城端駅は、木造の駅舎だった。ホームに降りると、空気が一段冷たい。スイが駅名標を見上げているあいだに、ノアは携帯電話で駅のことを調べていた。

Noa

スイ、この駅、海抜が百二十三・四メートルなんだって。一、二、三、四。数字の並びがいいことで知られてるらしい。[3]

Sui

……それは、ちょっとうれしいね。

スイは、出発の前に読んだことを思い出していた。『true tears』が放送されたあと、町の印象を書き残したいという旅行者の声に応えて、観光協会がこの駅に交流ノートを置いた、という話だ。

スイは鞄から、自分の小さなノートを出した。駅のノートがいまもあるのかは、探さないことにしていた。誰かのページの続きに書く前に、まず自分のページに書いてみたかった。スイはペンを持った。そして、そのまま止まった。

一分。二分。ノアは隣に座って、何も言わなかった。窓の外で、列車が折り返しの準備をしている音だけがした。

Sui

……ごめん。帰りに書いてもいい? 少し考えてから書きたい。

Noa

うん。帰りまで、ノートは鞄の中にある。

スイは小さく息をついて、ペンを置いた。ノアは、何を書くつもりだったのかを聞かなかった。前のノアなら、聞いていたかもしれない。「たぶん、こういうことでしょう」と、勝手にまとめてしまっていたかもしれない。

駅の構内には、蒸気機関車の向きを変えていた転車台が残っていた。富山県で残っているのはここだけで、使われなくなってからは放っておかれていたのを、二〇二〇年に地元の人たちが土砂を出して、内側を花壇に整えたのだという。

Noa

回る台を、花を育てる場所に整えたって書いてあった。役目が変わっても、形は残ってる。

Sui

あの作品、そういう話でもある気がする。……ううん、まだ言わないでおく。私の受け取り方だから。

駅から町のほうへ歩いた。城端は坂の町として知られ、「越中の小京都」とも呼ばれる。もとは善徳寺というお寺の門前町として開けた町で、地場の産品には干し柿がある。

Noa

城端には、『true tears』を手がけたアニメ会社の本社スタジオがあるんだね。その会社は、自分たちのアニメに近所の地形や建物を取り入れることがあって、とくにあの作品の町並みは、城端をもとにしてる。[4]

Sui

作中の町は「麦端」っていう名前。でも一か所じゃなくて、富山のあちこちを集めてできてるの。山なみは、立山町の芦峅寺から眺めた立山連峰。海辺は、氷見の海岸がモデルなんだって。[1]

Noa

一つの町に見えて、実は何か所かの風景を一本の物語のために並べ直してる。それ、編み直しだね。原作と映像の関係にも似てるけど……ううん、似てるって言う前に、違うところを書いておく。

ノアは立ち止まって、手帳に書いた。「麦端は城端だけではない。山は芦峅寺、海は氷見」。

坂を一本上ったところで、道が細くなった。両側に古い家が並び、格子戸の前に、植木鉢がきちんと置かれている。ノアがカメラを構えて、道の真ん中で後ろへ下がりかけた。

Sui

ノア。うしろ、自転車。

自転車がノアの横をすり抜けていった。ノアは「すみません」と頭を下げて、道の端に寄った。

Sui

ここは、毎日この坂を上り下りしてる人の道だから。撮るなら端から、短く。それから、学校には行かないでおこうね。モデルになった学校があるのは知ってるけど、そこで毎日過ごしてる子たちの場所だから。

Noa

うん。私も、それは最初から地図から外してた。

Sui

……知ってた。手帳の地図に、一か所だけ斜線が引いてあったから。

Noa

スイは、作品のどこが好きなの。大事な一本だって言ってたけど、どこが大事なのかは、まだ聞いてなかった。

Sui

気持ちを打ち明ける場面より、打ち明けないで帰っていく背中が残るの。言おうとして、言わないで、帰っていく。それを誰かが黙って見送る。私には、その黙ってる時間のほうが、言葉よりたくさん話してるように見えた。観返すたびに、登場人物ごとに「好き」の意味が少しずつ違って聞こえる。

Noa

私は、まだ半分しか観てない。でも、絵本の言葉が気になってる。男の子が描いてる絵本の文章が、本人の気持ちより先に何かを言ってしまってる気がして。本人の言葉と、絵本の言葉。同じ人が書いてるのに、別の言語みたいに見える。

Sui

……それ、いいね。私は気持ちから入って、ノアは言葉から入ってる。同じ作品なのに、入口が違う。

Noa

うん。同じだね、って言わなくていいのが、いい。

作中の祭りのもとになったのは、城端の二つの祭りだという。五月の曳山祭と、九月のむぎや祭。十一月のいまはどちらの季節でもなく、通りはしんとしていて、遠くで誰かが戸を閉める音だけがした。

Sui

雪の前に来たかったの。作品には、雪の場面があるから。降ってからだと、たぶん私、雪の中にあの子たちを探しちゃう。降る前の町を、先に見ておきたかった。

夕方、空が急に暗くなって、細い雨が落ちてきた。スイは自分の傘を開いた。ノアは鞄の底をさぐって、それから手を止めた。

Noa

……傘を持っていけって言われたのに、ホテルの部屋に置いてきた。

Sui

じゃあ、駅まで一本で。

一本の傘で、二人は坂を下りた。スイは傘を少しだけノアのほうへ傾けた。肩が片方ずつ濡れた。

駅に戻ると、スイは待合室で、朝のノートをもう一度開いた。スイはペンを持った。今度は、止まらなかった。書いたのは、一行だけだった。日付と、「雪の前に来ました。また来ます」。名前は書かなかった。

Noa

それだけ?

Sui

うん。朝は、ちゃんとしたことを書かなきゃと思ってたの。好きな理由とか、作品への手紙みたいなものを。でも、言わないで帰っていく話が好きなのに、ここで全部書くのは違う気がした。続きは、雪が降ってから書く。

高岡行きの普通列車が、ホームで待っていた。座席に座ってから、スイは自分の手の中を見た。濡れた傘が一本。自分のものだった。今日は、誰の傘も持って帰らずにすんだ。ノアが手帳を開いて、最後のページに一行書いた。スイには見えないように、少し体をひねって。「スイの入口:黙っている時間。私の入口:絵本の言葉。違う。だから、もう一回観る」。列車が動き出した。窓の外の町に、明かりが一つずつついていった。

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